Meta(旧Facebook)やGitLabが新たに設ける役職「Director of Remote Work」とは

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新型コロナウイルス感染症の影響は、未だに世界中で大きな影響与えています。そして、その影響は「働き方」にも。リモートワークを取り入れた米国企業の中には、リモートワークが急激に加速するなかで生じる新たな課題を解決する役割を担う「Director of remote work」という新しい職種が登場しました。

Director of remote workという役職が登場した背景と、彼らの主な役割や効果について、各企業が行っている内容とともにご紹介します。

 

新しい時代に求められる「リモートワーク」という選択肢

リモートワークが普通となったコロナ禍で、リモートワークがもたらすメリットも証明され始めています。

スタンドフォード大学が、NASDAQ上場中の中国Ctrip社に勤める16,000人を対象に実施した9ヶ月間のリモートワーク調査によると、在宅勤務によって社員の生産性が13%向上することがわかりました。これは、オフィスよりも静かで便利なリモートワーク環境により、1分あたりの作業量が増えたことや、休憩時間や病欠が少なくなったことで、相対的な労働時間が増えたことによるものです。さらにこの研究によると、リモートワークにより、社員の仕事に対する満足度が向上し、離職率が50%減少したことも報告されています。採用の面からも、リモートワークを取り入れることにより、世界中から優秀な人材を獲得できるメリットが生まれます。

リモートワークがもたらす効果をもって、コロナの影響に関係なくリモートワークという選択肢を残す企業も多く存在します。GitLab社や、Twitter社、Meta社(旧Facebook社)、Airbnb社は、引き続きフルリモートでの働き方も可能とすると発表しています。このような状況下、採用市場でのトレンドとして、LinkedInで「在宅勤務」「リモートワーク」「テレワーク」が含まれる求人数の割合は、パンデミックの間に5倍以上増加したそうです。

一方で、リモートワークの魅力が浮き彫りになった中でも、オフィスなどひとつの場所に集まり、オフラインの繋がりに価値を見いだす企業も存在します。Google社は、直接集まることでイノベーションが生まれると考え、新たにニューヨークのオフィスビルを購入する計画を発表しました。

 

リモートワークのキーパーソン、「Director of remote work」に求められる役割とは


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リモートワークが普及する中で、新しい働き方の形成にともなう社員のサポートやマネジメント、さらにはインターネット環境やデスクの確保、照明、Webカメラなど、自宅での業務環境を物理面と管理面の両面からサポートできるプロフェッショナル人材の需要が高まっています。

リモートワークを取り入れる際に、例えば以下のような課題に直面したことがある企業も多いのではないでしょうか。

  • 誰が社員が自宅でも快適に業務を行える環境を整えるのか
  • 誰が提供されている福利厚生などを、オフィス勤務の人と同様に受けられるようにする仕組みを整えるのか
  • 誰がオフィスに足を踏み入れたことのない社員に対し、エンゲージメントを高める役割を担うのか
  • 誰がリモートでの採用、面接、オンボーディング、マネジメントや昇進について、その素地を整えるのか
  • 誰がプロジェクトに適したチームを組み、コミュニケーションを確立するのか

上記のような課題を解決するリーダーを確保することを目的として、Director of remote workという役職がトレンドになりつつあります。

準備が整わないままリモートワークが普及した背景もあり、リモートでの業務サポートやコミュニケーションを経験したことがないマネージャーも多く存在します。T3社が95のIT企業を調査した結果、Director of remote workが存在する企業は、2020年8月では2%でしたが、同年11月には15%に上昇しました。既存のマネージャーがリモートワークの課題に対応するには、リソースもスキルも足りていないという課題から、この分野のスペシャリストであるDirector of remote workの重要性が増してきたといえます。

 

Director of remote work に求められるスキルとは

Director of remote workを採用する際には、どのような要件が必要なのでしょうか。

2014年よりリモートワークを取り入れているGitLab社が公表している、Director of remote workに求められるスキルをご紹介します。

 

  • シンプルで明確な意図を、テキストを通して伝える能力及び高いコミュニケーション能力
  • 世界中のチームメンバーの課題に深く共感する能力
  • 高い組織エンゲージメントとリーダーシップ
  • 情報の取捨選択をして解決策を探す能力
  • 組織の理解と賛同を得るための熟練したストーリーテリング能力
  • 組織の文化や戦略を継続的に進化させるために明確なビジョンを持っていること
  • 部署間の関係を構築し、促進できる
  • 透明性を大事にして仕事をすることができる
  • 適切なタイミングでフォローアップができ、グローバルかつダイバーシティ&インクルージョンの視点を持って意思決定ができる
  • 自ら社内のリソースにアクセスして学習し、課題を解決できる
  • 知識の分類・整理のテキスト化が得意である
  • 非同期で仕事をしながら、他の人を指導する能力

 

マネジメント能力や経営とも似て非なるこれらの能力をもつ人材は、これから市場でも需要が高まるかもしれません。

 

世界のテック企業での「Director of remote work」の取り組み

Meta:全ては1%しか終わっていないという理念から、常に新しい可能性を探る

Meta社(旧Facebook社)は、コロナ禍に関係なく「リモートで職務を遂行できる人は誰でもリモートワークが可能」としています。

Meta社ではすでに、Director of remote workと Head of remote learningという2つの役職が存在します。Director of remote workは、主にリモートワーク時に発生するあらゆる問題のサポートや制度の確立をにない、Head of remote learningは社員のオンライン学習をサポートをすることに責任を持ちます。

Meta社はリモートワークを取り入れる上で、オフィスで働く社員もリモートで働く社員も両者が同じ経験が得られることに重点を置いています。人材育成のバイスプレジデントであるブリン・ハリントンは、リモートワークの経験について以下のように述べています。

 

リモートだとしても、Facebook(Meta)のカルチャーや文化を体験できるようにすべきです。オフィスにいてもいなくても、社員が成功する必要があり、そのためにはチームが一体となって働くことができるようにしなければなりません。Director of remote workを担う人物は、Facebook(Meta)で働くことがどのようなものかを定義する責任を負い、文化の広範な変革をリードすることになるでしょう。

 

“The remote experience should be the Facebook experience,”  “We need people to be successful whether they’re at the office or not. We need to be able to enable teams to work connected in a unified experience. This person will be responsible for defining what it will look like to work at Facebook, leading a broad transformation of culture.” 

 

 


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現在Meta社にてDirector of remote workを務めるアニー・ディーンは、Werk社にて女性のための柔軟な働き方を提唱した経験の持ち主です。具体的には、育児や介護負担が大きい女性が柔軟に就業時間を調整できる制度を作りました。リモートワークもダイバーシティの1つと捉えると、あらゆる社員の立場に立ち、柔軟に考えを変えながら最適なリモートワーク環境を整えることを期待されている役割にふさわしい人材だと言えるでしょう。ディーンは、リモートワーク人材とオフィスワーク人材の公平性を保つことに大きな関心を寄せています。将来はオフィスで働く人、リモートで世界各地から働く人が集まるチームになることを見据えているとか。

 

Meta社には、“Everything is 1% finished.(なにか達成したとしてもそれは1%しか終わっておらず、常に学び進化しアップデートしていくことが必要だ)”という理念があるとディーンは述べています。この理念は、Meta社のリモートワーク戦略にも当てはまります。ディーンは、リモートワークを推進する上で、まず4つのことにとりかかりました。

1.Establish common language – 共通言語の確立

ディーンは、「リモート」という言葉が、社内でも世間でも様々な意味で使われていることに気付きました。リモートワークに関連する20の用語を集めた用語集を作成し、会話を円滑に進めるとともに、会社の記録システムが用語集と同期していることを逐一確認しました。

たとえば、重要な用語の1つである「クロスボーダーリモート」。住む国に関係なく、世界中の人が就くことのできるポジションを意味していますが、このテーマに関する規制や法令遵守の問題があり、社内で認識を合わせる必要がありました。

 

2.Identify the partner teams – 一緒に働くそれぞれのチームの特性を知る

ディーンは、少なくとも20の異なるチームと仕事をしています。リモート戦略に関わるすべてのチームの特徴を理解し、それぞれのチームやメンバーとの関係構築をする必要がありました。

 

3.Design the work – 仕事のプロセスをデザインする

福利厚生や勤務体系の変更などの煩雑な事務手続きをオンラインで行うことができ、申請の承認もオンラインで完結することが可能です。加えて、世界中の拠点でリモートワークを同じクオリティで可能にすることが必要であり、特にオンラインミーティングの価値を最大化するために、これまでに社員がオンラインミーティングの経験があるかどうかなどの調査を細かく行いました。

 

4.Communication and learning – コミュニケーションと学習

Meta社では、社員が日常的に行動、反復、学習することに重きを置いています。ハイブリッドワークやリモートワークが将来的にどのように発展していくのかを最初から理解している人はいませんでした。そのため、リモートワークそのものの学習に力を入れればハイブリッドワークやリモートワークに全員が参加できる未来をより早く手に入れることができるという思想に至ったそうです。

 

GitLab:“handbook-first”で働く


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GitLab社は世界最大級の直営のオフィスを持たないフルリモートカンパニーであり、67カ国以上に1,400人以上のチームメンバーがいます。GitLab社には2014年までに入社した社員3名が別々の国にいたため、フルリモートの働き方がコロナ以前から導入され、カルチャーとして定着しています。

GitLab社のHead of Remoteであり、リモートワーク下でのマネジメント方法やワークフローなど、リモートワークを取り組む上でのガイドラインである”The Remote Playbook”を執筆したダレン・マーフは「リモートワークの申し子」と呼ばれ、2019年から同社のリモートワークを主導しています。また、オンボーディングからワークフローに関する情報など、業務を行う上で必要になる多様な情報を文書化した社内向けのハンドブックを制作する主導者でもあります。

マーフは、このポジションについてこのように述べています。

 

この役割は、最高多様性責任者(Chief Diversity Officer)のこれまでの軌跡に倣っています。リモートワークという”ダイバーシティ”は最高人事責任者のJob Descriptionの一項目に過ぎませんでしたが、専任のリーダーがいれば、より大きな指向性と加速を生み出すことが明らかになり、今ではその役割が主流となっています。

 

“The role will closely follow the prior trajectory of the Chief Diversity Officer. At one point, diversity was simply a line item on the job description of a Chief People Officer, It became clear that a dedicated leader would create greater intentionality and acceleration, and now that role is mainstream.”

 

GitLab社では、入社する全員がオンボーディングの一環として「リモートワークの基礎コース」を受講します。入社した後に与えられるタスクをこなすことで、自然とGitLab社での働き方がわかる仕組みになっています。

 

GitLab社はリモートワークの文化醸成にあたり、「Working handbook-first」という方針を掲げています。GitLab社では社内におけるすべての情報が文書化されており、社員の業務上で疑問はすべてハンドブックを検索し解決するような方針が掲げられています。上司が社員から質問を受けた際、必要な情報を全てを含んだ完璧な回答ができるとは限りません。「Working handbook-first」のカルチャー下では、質問の回答にあった資料リンクを簡単な説明とともに送ることで、効率化と網羅性が期待されます。

「Working handbook-first」という方針を取ることで、メンバーとマネージャー双方にポジティブなループが生まれるとGitLab社は述べています。

  • 対社員:マネージャーが休暇中や外出中、あるいは他の仕事をしているときでも、必要な答えを探し出してプロジェクトを進めることができる。これにより、障害や機能不全が減るとともに、自律性が高まり、メンタルヘルスも改善され、生産性が向上する。
  • 対マネージャー:質問に答えることに多くの時間を割くのではなく、自身のタスクに集中できる。

これらの仕組みを確立し運用していくためには、Head of Remoteの存在が不可欠と言えます。

 

(編集後記)

新型コロナウイルス感染症の影響で大きく変化した私たちの「働き方」。「Director of remote work」という新しい職種が登場したことで、働き方の変化は一層加速していくことでしょう。

Facebookが取り組んでいる「リモートワークであってもカルチャーや文化を体験できるようにする」ことは、社員のエンゲージメントを高めるという意味でも、今後多くの企業が取り組むべき課題になりそうです。また、GitLabが取り組む「Working handbook-first」のように、リモート下であっても社員の生産性を高める仕組み作りが、企業成長の鍵を握ってくると感じました。

新しい職場がフルリモートならば、「Director of remote work」という役職を設けている企業の方が、制度やサポート環境が確立されており、新社員の不安は払拭されるのではないでしょうか。

働き方の柔軟性と可能性が広がったと同時に、新しい時代に進むために乗り越えなければいけない壁も見えてきました。

今後数年でどのような変化が起きるのか、楽しみです。

 


執筆:@Engagementライター Minami Harada
外資系IT企業で働きつつ、ライターとしても活動しています。旅が好きです。


 

 

Reference

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GitLab’s head of Remote on hiring, onboarding and why Slack is a no-work zone(最終閲覧日 2021年11月19日)

https://techcrunch.com/2020/05/19/gitlabs-head-of-remote-on-hiring-onboarding-and-why-they-dont-do-work-stuff-on-slack/

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https://www.apollotechnical.com/working-from-home-productivity-statistics/

More companies are hiring a ‘director of remote work’(最終閲覧日 2021年11月17日)

https://www.fastcompany.com/90573992/more-companies-are-hiring-a-director-of-remote-work

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Head of Remote: how to hire, job postings, job description, courses, and certifications(最終閲覧日 2021年11月19日)

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Forget the ladder. Here’s a better framework for your professional journey(最終閲覧日 2021年11月17日)

https://www.fastcompany.com/90686046/forget-the-ladder-heres-a-better-framework-for-your-professional-journey

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必要なのは「リモートファースト」思考 68の国と地域でフルリモートを実現したGitLab責任者が語る(最終閲覧日 2021年11月19日)

https://enterprisezine.jp/article/detail/13534

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    Moeko Tanaka

    @Engagement編集長兼リサーチャー/ライター。セブ島に住んでいます。