出社した方が出世に有利?ハイブリットワーク中の人事評価にかかるバイアスを避けるために大切なこと

新型コロナウイルス感染症(Covid-19)の発生が確認され、世界中が経験したことのないパンデミックとの闘いをはじめてはや2年。多くのひとが日々の暮らしのあり方や、働き方をの変化を余儀なくされてきたのではないでしょうか。

緊急事態宣言下においては、政府により出勤者数の7割削減が推奨され、東京都では小池百合子知事が終日のテレワークに加え、半日・時間単位のテレワークとローテーション勤務を組み合わせた「テレハーフ」の活用を呼びかける場面もありました。東京都の発表によると、2021年11月の都内企業(従業員30人以上)のテレワーク実施率は57.2%で、緊急事態宣言の解除後も半数以上の企業がテレワークを継続しています。

一方で、テレワークを実施している企業のうち、週5日のテレワークは19.2%で、多くの企業が出社勤務とテレワークのハイブリッドモデルであることがわかります。また、テレワーク導入企業であっても、必ずしも全ての部署/社員がテレワークを実施できるわけではなく、仕事の内容によっては出社が必須の社員もいることでしょう。

このようなハイブリッド型の組織において、チームのマネジメントには新たな課題が生まれています。そのうちのひとつが、今回ご紹介する「近接性バイアス(proximity bias)」を乗り越えた公平性の高い人事評価の実現です。

 

近接性バイアス(proximity bias)とは?

物理的に近い人を遠くにいる人よりも優遇してしまうことを「近接性バイアス(proximity bias)」といいます。近接性とは、社会心理学で「対人魅力」と呼ばれる概念を構成する6つの要因のうちのひとつです。相模女子大学人間心理学科の菅沼崇教授は、対人魅力とは「特定の他者に対して魅力や好意をもつこと」を指し、6つの対人魅力要因のうち、人間関係が形成される初期段階で重要なのが「物理的な距離が遠い人より近くにいる人の方が親しくなりやすい」という「近接性」の要因であると解説しています。みなさんも、学生時代に最初に仲良くなったのは隣や前後の席の人だった、という経験があるのではないでしょうか。

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無論、職場においてもパンデミック以前から近接性バイアスは存在しましたが、これをパンデミック以降急速に拡大した、テレワークと出社勤務のハイブリッドモデルを実践する職場環境に当てはめると、どのようなことが言えるでしょうか。テクノロジーニュースサイトのプロトコルは「近接バイアスとは、チームや会社のリーダーと物理的に近い距離にいる社員は、テレワークの社員よりも優秀な労働者として認識され、その帰結として職場でより多くの成功を収めることができるという考え方」であるとしています。

本来、“評価者との対面での接触時間”は社員の実力と直接関係がないことは、コロナ禍の影響を受けたテレワーク環境でもすばらしい結果を残している、多くの優秀な人々が証明しています。しかし、意識的/無意識的な近接性バイアスの悪影響を軽減するための対策が講じられなければ、正当な評価を受けられない社員がでてきてしまう可能性があるのです。

 

近接性バイアスがハイブリッドモデルに与える影響

近接性バイアスがハイブリッド型の職場に与える影響について、もう少し詳しくみていきたいと思います。

ハイブリッドモデルを取り入れている職場では、同じチーム内でも出社の頻度や上司と対面で話をする機会に偏りが生じがちです。そのような状況で、近接性バイアスの恩恵を受けやすい社員の特徴について、Pipeline Equity社CEOのカティカ・ロイは次のように整理しています。

  1. オフィスで物理的により多くの時間を過ごしている
  2. リーダーとの接触頻度が高い
  3. ハイレベルな会議に出席している
  4. ピークタイムに働いている

問題は、特徴1,2,4が特徴3に繋がっている可能性があることではないでしょうか。Zoomやチャットでコミュニケーションを取っている社員と比較して、オフィスで多くの時間をともに過ごしているメンバーは、意見を求めたり仕事を与えたりしやすいとリーダーが感じ、それを実行してしまった場合、テレワークの社員が重要な会議から排除され、結果として昇進に影響が出てしまう、という事態は想像に難くありません。

それはすなわち、制度としては働き方の選択の自由が与えられている職場においても、実際にはテレワークを選択することが昇進を諦めることに直結しかねない、ということを意味しています。

同時に、“ただ出社をしているだけ”で実際の実力以上の評価を受ける社員がでてくる可能性もあります。過大評価も、過小評価も結果としてチーム全体のパフォーマンス低下を招くため、近接性バイアスの問題に対処することは非常に重要です。

 

近接性バイアスを乗り越えるには

  “上司と顔を合わせているかどうか”が人事評価に影響しないようにするためには、どうしたらよいのでしょうか。BBCは、最初のステップはそれが問題であると認識することであり、その認識があってはじめてリーダーはチームと繋がるための方法を見直すことができる。それはたとえば、参加者の半数がオフィスにいる場合でも、全員でオンラインミーティングを実施し、全員が参加していると感じられるような公平な環境をつくるということであるかもしれないという、オーストラリアのリーダーシップ研修機関Pragmatic ThinkingのCEOアリソン・ヒルのコメントを紹介しています。

過半数の参加者がひとつの会議室に集まる会議で自分がオンライン参加している場合に、ある種の気まずさ、意見の発しにくさを感じたことのある人は多いのではないでしょうか。同記事では、それを乗り越えて意見を出しやすい環境を整えること、また、どこにいるかに関係なくチーム内の全員と確実につながるシステムをリーダーが持つことが重要であるというヒルの考えが、併せて提示されています。

Photo by Sigmund on Unsplash

一方、クレア・モリソン=ポーターはThought Exchangeのブログに寄せた記事で、近接性バイアスの最良の友たる「マイクロマネジメント」を避けることがステップ1だと述べています。過剰な報・連・相の要求は、メンバーの生産性を著しく低下させかねません。チームとの明確なコミュニケーションラインを維持しつつ、生産性はつながっている時間ではなく、アウトプットで測るべきであるというのがモリソン=ポーターの主張です。

そのほか、上記BBCおよびThought Exchangeの記事を参考に、いくつかの事例を交えて近接性バイアスを乗り越える方法をご紹介します。

 

リーダーがテレワークを取り入れる

実名制のQ&Aコミュニティサービスを運営するQuora社のCEOアダム・ディアンジェロはリモート・ファーストを掲げ、彼自身が月に一度以上オフィスを訪れることはなく、リーダー陣もオフィスをベースとしないことを表明しています。

また、Synchrony Financial社は幹部クラスの社員も含むほぼ全ての社員に対し、週に数回はテレワークを実施することを求めています。

これらの施策は、オフィスに出社することが人事評価にとって重要ではないことの表明であると同時に、リーダー自らテレワークを実践することで、メンバーがテレワークを選択しやすくなるという効果も生んでいます。

 

議題の事前共有を徹底する

DIGIDAは、BtoB PR会社GingerMayの創業者ヴィクトリア・アッシャーの言葉を引用しつつ、近接性バイアスを回避するためには、十分な時間的余裕をもってミーティングのアジェンダを共有すべきだと述べています。そうすることで、自宅からか、会社からかに関わらず、会議に出席するすべてのメンバーが議論に参加するための準備を整えることができるとともに、興味のある役割に手を上げるチャンスを逃さずに済むとアッシャーは説明しています。

 

遠隔でも雑談を忘れない

オフィスでのとりとめもない会話は近接性バイアスを助長しかねない要素であると同時に、活用のしかたによっては、企業文化の構築と職場の人間関係の構築に役立つことも確かです。大切なのは、こうした非公式のコミュニケーションをオフィスだけでなく、オンラインでも意識的に行い、テレワークの社員を排除しないよう心がけることです。

(オンラインでのカジュアルなコミュニケーションに課題を感じている場合は、ぜひトラックレコード社の提供する無料Slackアプリ「Colla(コラ)」の活用も検討してみてくださいね。)

 

近接性バイアス克服のための5か条

以上を踏まえて、近接性バイアスを克服をするために重要なポイントを5つにまとめました。

  1. 近接性バイアスの存在を認識する
  2. アウトプット(成果)をもとに評価をする
  3. リーダー自らテレワークを取り入れる
  4. 全てのメンバーが公平に議論に参加できる環境づくりをする
  5. 遠隔でもカジュアルな会話を大切にする

 

現在私たちが直面しているパンデミックは、社会のあり方、組織のあり方に大きな変化をもたらしました。その変化に対応し、組織として成長を続けるためには、評価の歪みを起こしうるバイアスを認識し、対処方法を模索するリーダーシップが必要なのではないでしょうか。

 

編集後記

新型コロナウイルス感染症の流行によって、期せずして働き方の多様化が加速しました。突然の変化に対応するなかで、さまざまな問題・課題が現れるのは当然です。今回は、近接性バイアスによって起こりうる問題、特にテレワークと出社勤務のハイブリッドモデルを採用する場合に考慮すべきリスクについてご紹介しました。こうしたリスクや課題を前にしたときに、リスクがあるから元に戻そうと後退するのではなく、課題を解決してよりよい働き方を実現するにはどうしたらよいかを考え続けることが、組織にも個々のリーダーシップにも求められているのではないでしょうか。

 

特に、今回ご紹介したようなバイアスは、意識して取り除かなければ避けることが難しいものです。それゆえ、まずはバイアスの存在を認識すること、そして克服のための仕組みづくりをすることが重要であると感じました。

 


執筆:@Engagementライター 齋藤 由香
ひとが動くきっかけづくりが仕事のサラリーマン。健康第一。


 

 

Reference

東京都産業労働局「テレワーク実施率調査結果( 2021-12-09)」(最終閲覧日:2021年12月19日)
https://www.metro.tokyo.lg.jp/tosei/hodohappyo/press/2021/12/09/06.html

「社会心理学への招待 : 対人魅力に着目して (特集 人間心理学科の今)」(最終閲覧日:2021年12月19日)
http://libopac.sagami-wu.ac.jp/webopac/bdyview.do?bodyid=TC10109792&elmid=Body&fname=08_suganuma.pdf

“Proximity bias is real. Returning to the office could make it worse”(最終閲覧日:2021年12月19日)
https://www.protocol.com/workplace/proximity-bias-hybrid-work

“Preventing Proximity Bias In Hybrid Work Is Key To Closing Equity Gaps”(最終閲覧日:2021年12月19日)
https://www.linkedin.com/pulse/preventing-proximity-bias-hybrid-work-key-closing-equity-katica-roy/

“Hybrid work: How ‘proximity bias’ can lead to favouritism”(最終閲覧日:2021年12月19日)
https://www.bbc.com/worklife/article/20210804-hybrid-work-how-proximity-bias-can-lead-to-favouritism

“Proximity Bias: What It Is and How to Avoid It”(最終閲覧日:2021年12月19日)
https://www.thoughtexchange.com/blog/proximity-bias-what-it-is-and-how-to-avoid-it/

“Remote First at Quora”(最終閲覧日:2021年12月19日)
https://quorablog.quora.com/Remote-First-at-Quora

“ A credit card giant says no one should work from the office five days a week”(最終閲覧日:2021年12月19日)
https://edition.cnn.com/2021/06/29/business/back-to-work-wall-street-synchrony/index.html

“Businesses grapple with how to avoid proximity bias when offices reopen”(最終閲覧日:2021年12月19日)
https://digiday.com/media/businesses-grapple-with-how-to-avoid-proximity-bias-when-offices-reopen/

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    Moeko Tanaka

    @Engagement編集長兼リサーチャー/ライター。セブ島に住んでいます。