【じんじ図鑑】仕事も給料も変えずに、好きなところに転勤できる人事制度「さぶりこ Xターン(クロスターン)」

ここ数年、多種多様な人事施策が世の中に打ち出されています。

一方で、それぞれの施策の運用方法や利点、課題などに関する情報はまだまだ不足しています。そこで「じんじ図鑑」では、各社のエンゲージメント向上施策の取り組みをより深く・細かく紹介していきます。

記念すべき第1回目は、さくらインターネット株式会社の「さぶりこ Xターン(クロスターン)」。仕事も給料も変えずに、自分の意思で東京から大阪・石狩・福岡へ転勤できる制度です。

導入の背景を人事部の矢部さんへ伺いました。

 


矢部 真理子さん / さくらインターネット 人事部
メーカーでの営業、社長秘書を経て、前職では約7年間、様々な業態・職種の新卒/中途採用の企画~運用業務を中心にアセスメント・教育にも携わる。2012年より現職にて、人・組織で事業に貢献するための人事業務全般に従事。


 

テクノロジーを駆使して働いているなら場所にとらわれることはない

–クロスターンはどのような制度でしょうか?

2016年から、当社では「さぶりこ」(Sakura Business and Life Co-Creation)という「働きやすい」環境と「働きがい」を追求できる取り組みとして、フレックスやテレワーク、多様な休暇制度などの働き方の多様性を尊重するさまざまな取り組みをスタートしています。

クロスターンはそれに加わる一つの制度という位置付けで、東京から当社の拠点がある大阪・石狩・福岡への転勤について、自己都合での転勤を可能とし、かつ転勤に関わる支度金としての費用補助を行うという制度です。

–費用補助とは?

費用補助は、物件を借りる時にかかる敷金・礼金・仲介手数料などの初期費用や、転居に伴い発生する生活用品の購入などへの補助を目的としています。

金額としては、単身者であれば100万円。家族帯同者であれば130万円と家族ひとりあたりで個別に赴任手当をお渡ししています。

 

–なぜ、こういった制度を始めたんですか?

簡単に言ってしまうと、テクノロジーを駆使して働いているなら場所にとらわれることはなく、好きな場所で働けた方がクリエイティビティが発揮されたり、生産性の向上に繋がりますよね?というのが一番の理由です。

また、社員が自分の意思で働く場所を自由に選べる風土を根付かせたいという想いが込められています。

–なるほど。一方で、経営陣へこのような取り組みの理解を得るのは、大変な部分もあるかと思いますが。

今回の取り組みや、当社の働き方の取り組みである「さぶりこ」なども含めて、創業者でもあり代表取締役社長でもありエンジニアでもある、田中の想いが強く反映されていて、この施策も田中のアイデアでスタートしています。

田中自身もエンジニアとしてのこれまでの経験から、エンジニアであれば働く場所や時間に制約される必要なんてないと心の底からおもっているので、このような制度もリリースできたのだと思います。

–実際にどの程度使われているんですか?

すでに2件の申請があり、そのうち1件目の社員はすでに東京から大阪へ転勤をしています。また他にも数件ほど相談がきています。

今回、クロスターンを利用して転勤した社員は、2017年度の新卒入社の社員になります。

地元も大阪で大阪大学大学院を修了し、入社後は東京勤務だったのですが、入社前より大阪に戻りたいという想いもあって、今回の制度開始と同時にクロスターンを利用して、転勤を実現しました。彼の場合は、大阪に異動し、東京でやっていた業務をそのまま担当することになります。

新卒入社の社員が、制度を率先して活用しているというところも、当社らしいなと思いますし、それだけ使いやすいということかなと思っています。

 

 

田植えをしながらテレワークで働く社員も

–そもそもテレワーク自体の仕組みが成熟しているんでしょうか?

当社だとメンバーの6割以上がテレワークを経験をしていますので、周りのメンバーもマネージャーもテレワークをすることに慣れていると思います。

また、人事ポリシーとして社員を信じ、性善説な運用としていますので、どこで仕事しようと自分の役割に応じて成果をだすことにコミットしてくれると信じています。

加えて、テレワークをする際の煩わしい申請なども極力無くしており、基本的にはそのチームのマネージャーとメンバーに任せています。

 

–かなり浸透しているんですね。

そうですね、使う理由も様々ですね。

例えば、ある社員は、ご家族の介護が必要な時に自宅で業務をするために、テレワークを取り入れています。また、ある社員は企画書作成など集中して業務を行いたいときに、コワーキングスペースで篭って作業するというケースもあります。

他にも沖縄に旅行したついでに、滞在期間を延ばして前後をテレワークデーとする羨ましい使い方だったり、実家が富山県で稲作農家で、田植えや稲刈りの時期に田植えしながらテレワークなんて使い方をしている社員もいます。

ちょっと大胆なのは、知床でテレワークができる施設があり、チームメンバーで数日間一緒に、寝食を共にしてテレワークするなんていう事例もありました。すごく仲良くなったと聞いてます(笑)

また、今年の11月には沖縄県の名護市から宿泊施設とコワーキングスペースを提供していただく予定で、2週間のテレワークと休日や業務後に観光を楽しむことが出来るプログラムの社内募集をかけています。

 

テレワークもクロスターンも課題はある

テレワークの管理というのはどうやっているんですか?

管理はしていません。管理のためのログをとるとか、明確に日報を提出するといった管理はしておりません。

基本的には本人とチームのマネージャーに任せており、2週間に1回の1on1でちゃんと話をするようにお願いしています。

–問題とかは起きていないのですか?

もちろん、全く問題がないということはありません。メンバー起点であれば「テレワーク時にうまくパフォーマンスがだせない」というケースや、マネージャー起点であれば「メンバーへちょっと制約をかけてしまう」というケースもゼロではありません。

そういったことがあれば、人事としては「なぜそうなったのか?」、「どうすればいいのか?」ということを、しっかりとマネージャーや本人と向き合って課題を明確にして改善していくようにしています。

–クロスターンの場合でも、実際には転勤が難しいケースはないのでしょうか?

現時点で具体的なケースとしてあがってきているわけではありませんが、もちろん職種によっては、テレワークで業務をするのが難しい職種もあるかと思います。

例えばセールスの仕事などは、担当しているお客さんがあってこその仕事ですし、テレワークということも簡単にはいかないかもしれません。

それでも、会社としては、仮に本人が転勤をしたいという希望があれば、それを真摯にうけとめて、その背景も含めて、どういったことができるかを真剣に考えて、しっかりと納得がいくような答えをみつけていきたいと思っています。

あとは、このような課題を確実に把握し改善をするために、半年に1回は「さぶりこ」の利用状況調査をしています。使用頻度、使い方などを全社で調査し、その中でユニークな取り組みなどは社内ブログなどでも紹介することで、より良い使い方になるような改善・促進を進めています。

 

リファラル採用比率が3年で6%から44%へ上昇

–今回のクロスターンについての成果・評価はどう考えてますか?

このクロスターンという施策自体が、実際に転居するので、誰しもが簡単に利用できるわけではないし、全員が利用したいものでもないかもしれないので、多くの人に使われるものではないと思っています。

ですが、今回こういった取り組みをはじめた背景にもあるように「テクノロジーを駆使して働いているなら場所にとらわれることはない」という想いが端的に伝わりやすいものではあるかなと思います。

それによって、社員に対しても、自分自身がプロとして責任を果たすために自分自身で働き方を考えるんだ、というメッセージになれば良いのかなと思っています。

実際にこのクロスターンだけではなく、テレワークやフレックスや休暇制度などの働き方の取り組みは2016年からスタートしていますが、その2015年時点では採用におけるリファラルの比率が6%だったものが、いまは44%近くまであがっております。

–最後に、いま逆に課題だと感じているのはどんなことなんですか?

これからの社会は、会社よりも社員の方が力が強くなるでしょうし、そのような中では会社に対するロイヤリティが、今までとは異なる形で醸成されなければならないなと感じています。

「働きやすさ」という意味では、いい状態になったと思いますが、「働きがい」という意味では人事としても、もっと支援ができるのではないかと思っています。

また、「働きやすくてみんなが責任を果たす」職場づくりが出来れば、最強で最高のチームになるだろうなと思っています。

そのためには、自らが率先して対話する事で、ちゃんと対話する組織状態を作ること、個人の成長やチャレンジを後押しするような取り組みをすることを喫緊の注力テーマとして掲げているので、力をいれていきたいと思います。

 

— 編集後記 —

社員が働きやすい環境を追求することで、誰かに自慢したくなる会社になり、結果的にリファラル比率の向上につながっています。

このような「働きやすい環境」を追求できている起点は、「社員が今の環境に感じていること、何を望んでいるのか?」といった社員のちょっとした声をアンケートや日常的な雑談を通じて、耳を傾けることを重視しているカルチャーがあるからだと感じました。

Yコンビネーターの創業者ポール・グレアムの発言である「欲しがるものをつくれ」を組織作りにおいても実践し、それを継続的に運用している組織エンゲージメントの取り組みと言えるかと思います。

 

 

<聞き手プロフィール >

野崎耕司 
@Engagement編集長 / 株式会社トラックレコード代表取締役(共同経営者)。DeNAでの人事プロジェクト「フルスイング」の責任者、MERYの雑誌事業責任者やブランディング責任者などをつとめ、株式会社トラックレコードを2018年に設立。
https://twitter.com/nokonun

イラスト:皐月透弥

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    koji nozaki

    @Engagement編集長 / 株式会社トラックレコード代表取締役(共同経営者)。DeNAでの人事プロジェクト「フルスイング」の責任者、MERYの雑誌事業責任者やブランディング責任者などをつとめ、株式会社トラックレコードを2018年に設立。