エンゲージメントを高めるために、「評価への納得感」は欠かせない要素です。
「正しく評価されている」、「自分が必要とされている」という実感がなければ会社への信頼は生まれません。査定結果や給与への納得感を得られずに優秀な社員が会社を離れていってしまうケースは実際少なくありません。
そうしたなかサイボウズでは2013年から人事評価制度に「市場価値」を取り入れ、新しい評価・給与の仕組みづくりを始めています。人事部副部長の青野さんにお話を伺いました。
青野誠さん/サイボウズ株式会社 人事部副部長
06年早稲田大学理工学部情報学科卒業後、サイボウズ株式会社に新卒で入社。営業やマーケティング、新規事業「かんたんSaaS」や「KUNAI」の事業立ち上げなどを経験後に人事部へ。現在は採用、育成、制度づくりなどを担当している。2016年よりNPO法人フローレンスの人事部門にもジョインし、複業中。自ら多様な働き方を実践している。
評価制度は何のためにあるのか?
–まず、いまの評価制度にいたるまでの経緯について教えてください。
サイボウズは創業して20年経つのですが、非常に多くの評価の仕組みを導入してきました。
一方で、それぞれの制度においての課題も、運用する中で明らかになってきました。例えば360°評価であれば「自分のことをあまり知らない隣の事業部長がなぜ自分を評価するのか?」といった声があがりました。
また相対評価を行なっていた時は評点を1位から順に並べていました。これではどうしても社内で無駄な競争が起こりますし、チームワークが悪くなってしまう。そこで、その人の能力を純粋に評価すべきではないか、という声もあがり絶対評価に切り替えました。
–絶対評価への切り替えはどのように?
まず「能力で評価するための物差しをつくろう」ということで、J1、S1といった等級を設け、そこに指標となる言葉を紐づけました。たとえば「自立し成長している」「火中の栗を積極的に拾う」「チームでの成果を継続的に出せる」など等級単位での能力を象徴するようなキャッチフレーズをつけていました。
一方で事業や人材の幅が広がる中で、等級と実際の給与が釣り合わないケースが増えてきて、等級で評価すること自体が難しくなってきたんです。例えば、等級が上がるとマネジメントを求められるような風潮が一般的にはありますが、マネジメントは得意でなくてもスペシャリストとして給与が高くなるべき人も存在するはずです。
そこで結局「評価って何のためにあるんだろう?」というところから見直すことにしました。
–再度、評価自体の考えを検討したわけですね
そこで、出した答えは2つ。1つは「個人の成長のため」、もう1つは「給与を決めるため」。この2つが社員にとって納得感があるのであれば、特に等級制度は不要であると考えて、等級の概念を無くすことにしました。
*サイボウズ社内資料「評価の目的」(現在は、「V、S、A、B」の4段階評価は実施手していない)
4段階評価よりも「具体的な言葉」が大事
–新しい評価の仕組みについて教えてください
まずこの取り組みにけるもっとも大事な部分は、成長も報酬も働き方も、個々人に最適な状態を実現することです。そこで、1対1の面談でマネージャーから本人に「あなたにとって大事な報酬(広義の意)は何ですか?」と聞くようにしています。
それに対して「給与がほしい」という人もいれば、「わたしは働き方が大事」という人もいる。要は「どういう条件でサイボウズと付き合いたいですか?」というヒアリングを行います。その上で、個々人にとって、最善の条件を決めていきます。
–個人最適を前提として運用しているわけですね。
そうですね。その観点をベースにした運用をしています。実際に「個人の成長」については、期初に「次はどう成長したいか?」という観点からの目標を設定し、その目標に対して月次の1on1と、期末に半期分のフィードバックを行います。以前はS,A,B,Cで成長度合いを総評する「4段階評価」もしていましたが、いまはやめました。
–なぜ4段階評価をやめたのですか?
4段階のどのラベルで評価をしようと、実際に成長という目的から意味があるのは「具体的にここがよかった」、「ここが悪かった」というフィードバックです。一方で「4段階評価」は非常にさじ加減のある運用になり、評価の一貫性が保てません。また「この人はモチベーションを維持したいから、いい評価をつけよう」といった、ある意味本質的とは言えない使われ方をするケースもあります。
大事なことは「個人の成長」を考えると4段階評価よりも「具体的な言葉」が大事なので、やめることにしました。
給与決定に市場価値を取り入れる
–「給与」についてはどのように運用していますか?
まず給与の決定方法は、社外的価値と社内的価値の2つの視点を用いています。
社外的価値とは、わかりやすく言えば、その人がサイボウズの外の市場に出た時に「どれくらいの給料がつくんですか?」ということです。
–まさに「市場価値」で判断していると。
そうですね。例えばエンジニアにしても、たくさんコードを書ける人やマネジメントが出来る人が優れたエンジニアかというと、決してそれだけではありません。
社外でのプレゼンの評価が高かったり、本やブログを書いているなどの面も評価すべきです。実際にそういう方がいると、優秀な人材採用にも貢献してくれます。
また技術的な進化も非常に早くなっている中で、例えばAIエンジニア人材などの希少人材を等級の枠組みにおさめて考えようとすると無理が生じます。
逆に、いま評価されているスキルが時の流れによって評価されなくなることもあるかもしれません。そうした需給のバランスのなかで、市場で求められているスキルが給与にリアルタイムに反映されていくのがいいのかなと。
–社内的価値とはどのようなものですか?
社内的価値とは、「信頼度」や「社内的需給」、「社内での相対感」が要素になります。この社外的価値+社内的価値の2軸がいまの給与決定のベースになっています。
外部データを用いた客観的材料で給与の納得性を追求
–市場価値をもとに給与を決める具体的なプロセスは?
たとえば現状の年収が500万円、希望年収600万円の人がいたとすると、まずはマネージャーがその額が妥当なのか判断し、人事を含めた評定会議にエスカレーションします。
評定会議では転職サイトの情報、社内外の年収データ、厚労省が公表している業種別の年収推移データなどを参考にしながら年収の金額幅を想定します。さらに先ほど説明した社内的価値を加味して最終的に給与を決定する、という流れですね。
評定会議では翌年の給与だけではなく、中長期的にその人の市場価値がどのように変化いきそうかも議論しています。
–市場価値でざっくりと金額感を把握して、社内評価も加味する?
そうですね。その人への信頼度や相対感をもとに、調整していくという感じです。信頼度は「Action5+1」という指標で評価していて、4つの「スキル」と2つの「覚悟」という項目に分かれています。たとえば、「理想への共感」「知識を増やす」などの項目に沿って、期初にマネージャーと目標設定をし、半期ごとに振り返り、フィードバックします。
–社外の客観的なデータと明文化された指標に沿って評価・フィードバックされるので、給与が上がった人はもちろん、希望通りに上がらなかった人も納得感が高くなるということですね。
「大人」にとってはメリットが大きい仕組み
–この取り組みによってメンバーの納得感はどう変わったか?
厳密に測ったわけではないのですが、自分のことを客観視できたり、きちんと主張できるメンバーにとってはいい制度になっていると思います。つまり「給与に対する優先度」や「自分の給与の妥当性」や「会社の給与の決まり方」を理解できているメンバーにとっては、公平に機会を獲得し、最終的な納得感を得られるよい仕組みだと思います。
–ある意味「大人向け」とも言えますね。
そうですね。ビジネスパーソンとして自立した人向けと言えるかと思います。たとえばkintoneのスクラムマスターの天野というエンジニアがいます。彼は今の評価制度になってから転職ドラフトに参加して、自分の評価額を持ち帰って給与交渉に臨んできました。他にもそういったメンバーがかなり増えています。
参考:「私の年収、低すぎ?」で終わらせない──給与交渉を隠さず公開、14%給与が上がったエンジニアの話
–社内の反応は?
給与や人事評価といったことに関して社員同士のやりとりが活発になってきました。
kintoneに「ピープル」という機能があって、社内版Twitterみたいな感じで使われていているんですが、そこでのやりとりを見ると結構面白いですね。
「サイボウズの給与低いよね」というコメントに「いいね」している人もいれば、「そんなことないですよ」という人もいますし、「給与交渉していきましょう」と呼びかける人もいるし(笑)。
–給与交渉自体はポジティブなことですよね?
はい、歓迎すべきことだと思っています。実際に去年も10名以上のメンバーが、自分で外部のデータをあつめて、給与の相談をしているケースがありました。
自分の給与へ納得感をもつことは非常に重要だと思っていますのでもっと増えて欲しいと思っています。
課題はキャリアパスやデータの確からしさ
–そうした一方で、等級がなくなったことでキャリアパスが見えにくくなった、どうすれば給与が上がるのかわかりにくくなった、という側面もあるのかと思います。
そうですね。自分から動いて転職活動をしたことがある人は「こういう経験やスキルを積むと、●●の年収オファーをもらえる」などの自分なりの相場感みたいなものをある程度把握していますし、人事として採用に携わっていると「この人ならこのくらい」といった感覚があります。
逆にそういった経験がないメンバーに対しては「何か物差し」となるものが必要だと感じています。
–「こういうスキル・経験だと、こういう年収になります」という物差し。
はい、ただやっぱり難しさがあります。一度、転職サイトの年収データを参考にして職種ごとのキャリアパスのモデルを提示しようと試みたことがあります。一方そのデータだけでは、どのような評価によってその金額が提示されているかわからず、結局頓挫してしまいました。
いまは正直「自分で調べて」みたいな雰囲気になってしまっているので、どうサポート・アシストしていくのかという点は人事としての課題です。
–評価の裏付けとして、確からしいデータを集めるのも大変ではないですか?
それは本当に難しいですね。厚労省の年収推移データにしても、サイボウズにピンポイントで当てはまるわけではありません。
あと、社内には複数部署の兼任をしている者も多いのですが、その人とまったく同じスキルを持って同じ兼務をしている人は社外には当然1人もいません。データがまったくないわけです。
また、地域間における物価を考慮した給与差をつけるべきかどうか、働き方が週3日や在宅勤務メインの場合にはどのように評価すべきかなど、社外価値・社内価値以外の変数も最近は増えています。
–今後のゴールは?
冒頭で説明した「あなたにとっての大事な報酬(広義の意)とは何ですか?」という質問ともつながるんですが、理想としては社員1人ひとりがサイボウズにいる理由、「この条件だからわたしはサイボウズにいる」というのをはっきり宣言できる組織にしてきたいと思っています。
— 編集後記 —
今回のインタビューでとりわけ印象に残ったのは、「社員の成長」と「給与」を完全に切り分けて捉えていること。
多くの企業が取り入れている「成長すると等級が上がる。等級が上がると給与が上がる」という枠組みは合理的なようでいて、働き方が多様化し、スキル・経験への市場評価が目まぐるしく変わる現状では、そこではカバーしきれないケースが増えてきます。実際にサイボウズでは等級制度を取りやめ、社員1人ひとりに最適化された評価の仕組みづくりをスタートしました。
まだまだ課題はありますが、公正・公平な評価制度を模索しているHR担当者の方にとっては1つのヒントになるのではないでしょうか。
<聞き手プロフィール >
野崎耕司
@Engagement編集長 / 株式会社トラックレコード代表取締役(共同経営者)。DeNAでの人事プロジェクト「フルスイング」の責任者、MERYの雑誌事業責任者やブランディング責任者などをつとめ、株式会社トラックレコードを2018年に設立。
https://twitter.com/nokonun
文:斉藤良
撮影:杉本晴