【JinJiのトリセツ】新卒の定着率が23%から90%へ、ネットプロテクションズの「20%ルール」の使い方

Googleに代表されるリソースの一部を他プロジェクトに充てる”20%ルール”。

後払い決済サービスのパイオニアの株式会社ネットプロテクションズ でも、これと同様の取り組み「ワーキンググループ制度」を2012年から開始した。

取り組み前は、新卒人材の定着率23%だったものが、開始以降は90%へと大幅に改善。社員の「働きがい」向上を実現した取り組みについて、人事担当執行役員の秋山さんへ伺いました。

 


秋山 瞬さん / 株式会社ネットプロテクションズ 執行役員
2009年ネットプロテクションズの人事として参画。入社半年で人事制度の再構築を行い、採用・教育等にも従事。2011年 人事総務グループのゼネラルマネージャーに就任。ワーキンググループ制度をつくり、全社員で行ったビジョン策定の企画を実施。2017年 執行役員に就任し人事とBizDev(事業開発・アライアンス)を管掌。


社員の「期待とのギャップ」を解決するために生まれた20%ルール

–ワーキンググループとはどのような取り組みですか?

会社の「組織づくり」と「事業づくり」に関わるプロジェクトに、自身のリソースの一部(20%に限らず)を活用して、参加できる取り組みになります。

 

–なぜこのような取り組みを始めたのですか?

2012年当時ですが、入社後1年目〜3年目の新卒メンバーへ「チャレンジする機会」をつくりきれていないという問題がありました。

それは当社の事業特性に起因するのですが、我々の事業は「極めてデリケートなデータ」を取り扱う「決済のインフラ」という観点から、ささいな失敗が大きな経営リスクに繋がりかねません。

そのため、当時、決済事業に関わる部分においては「失敗への許容度」がどうしても寛容になりきれない部分がありました。

結果的に、入社間もない新卒メンバーに対してどんどん業務を任せていき自由にトライさせるということが、構造上難しい部分がありました。

 

–確かに、どうしても慎重な意思決定が必要になる部分がありますね。

そうですね。一方で、経営理念として「つぎのアタリマエをつくる」というミッションを掲げており、実際にチャレンジングでどんどんトライができるメンバーを採用していました。

しかしながら、そのようなメンバーにトライするための環境を十分に提供できていないことに歯がゆさがありました。

またその結果「トライをして、失敗し成長をする」というサイクルを、スピード感をもって回せていないことに対しての課題もありました。

つまり、「個々人の働きがい」、「個々人の成長」という2つの観点で課題を抱えていたことになります。

 

–その課題を解決するためのワーキンググループ?

はい、若手メンバーに任せるプロジェクトをつくることを目的として、開始したのがワーキンググループになります。

2012年当時は「組織づくり」をテーマに「新卒採用プロジェクト」、「理念の浸透」の2つのプロジェクトを立ち上げました。

これらのプロジェクトは、多少失敗をしても大きな経営リスクになることは少ないので、若手メンバーに予算とリソースと意思決定の権限を付与しました。結果的にそれが、大胆にチャレンジする機会づくりになったと思います。

 

ワーキンググループで年度予算案も作成

–このワーキンググループはどのように決めているのですか?

まず前提として「会社づくり」という大きなテーマから「新しい組織づくり」、「新しい事業づくり」というテーマの2つで分解しています。

例えば組織作りというテーマだと「新卒採用」のプロジェクトだけではなく、「理念浸透」、「インナーコミュニケーション」、「オフィス移転」、「人事制度企画」など、一般的には人事や総務や広報という役割が担当するものを、ワーキンググループとして切り出しています。

 

–予算策定ワーキンググループではどんなことをやっているんですか?

ここはいわゆる経営企画がやっている「次年度予算策定」の役割を担うグループになります。全社の状況や今後の戦略・展開を踏まえて、どこにどのような予算をアロケーションするのが最適なのか?という叩き案を作成し、それを各事業責任者と一緒にアウトプットして最終的に経営レイヤーでの意思決定を固めるという役割になります。

 

–海外事業はどのような取り組みですか?

これも海外進出にあたっての、事業検討・国・地域のリサーチから、実際の事業企画、PL、海外の拠点づくりなどを担当します。

先日このワーキンググループの成果として発表されたのがこちら(台湾にて次世代型スマホ後払い決済「AFTEE(アフティー)」を提供開始)の取り組みです。実質的には新規事業開発担当とも言い換えられるかもしれません。

–各グループはどのような体制で運営しているんですか?

まず人数ですが、基本的には若手を中心に3名〜5名くらいのメンバーで運営をしています。期間も3ヶ月から〜2年と幅広く、プロジェクトの目的に最適化しています。例えば、予算策定ワーキンググループなどは、年度の予算策定時期に集中的に3ヶ月程度で取り組んでいます。

 

–メンバーは公募制ですか?

そうですね。基本的には8割近いメンバーが「自らやりたい」と手をあげています。また成長観点やメンバーの経験値のバランスで、人事から特定のメンバーに声をかけることもあります。

 

–8割は高い数値ですね。なぜ皆さん手をあげるんでしょうか?

主に3つの理由があると思っています。1つ目は、「成長機会」と捉えてくれていることです。予算策定や組織づくりなどの業務はプロセスを通じて、視座が上がらないと成立しない仕事ですし、社長を含めた経営陣との接点も多いので、成長機会になると思ってくれていると思います。

2つ目は、事業的な新しいチャレンジに参加できること。開始した当初は「組織づくり」をテーマにしたワーキンググループが中心でしたが、ここ数年は「海外」、「新規事業」などのゼロイチでのチャレンジ機会をつくっていますので、それに関心をもってもらえていると思います。

3つ目は、会社へのエンゲージメントが高い社員を中心に「もっと会社をよくしたい」という責任感やロイヤリティーという感情から手をあげてくれていると思います。

 

メンバーの「やりたい」を公開するビジョンシート

–ワーキンググループに複数のメンバーが立候補した場合はどうするのでしょうか?

基本的には、手をあげてもらったメンバーには、役割の範囲を調整して少なからずそのプロジェクトに関わってもらえるようにしています。例えば、新卒採用であれば「説明会」というイベント単位で携わってもらえるような工夫をしています。

 

–なるほど、その場合だと「誰かが我慢する」ことに繋がることもありそうですが。

もちろん、そういう気持ちがあることはゼロではないかもしれませんが、当社では「全体最適」という考えと、それを後押しする仕組みがあるので、そのような感情になることは起こりにくいと思います。

 

–全体最適のための仕組みとはどのようなことですか?

全社員が半期ごとに自分が挑戦したいことを全社公開する「ビジョンシート」という取り組みを行っています。

例えば半年後には、営業部門から人事部門に異動してチャレンジしたい、とか新規事業に挑戦したい、といったことが記載されています。それを全員がみれる環境にある中で、全員がその「やりたい」を叶えるためにどうすべきか?ということを考えて、議論します。

例えば、ある部門で他の部門に異動したいというメンバーがいた場合には、だとすれば「採用する」か「異動で調達する」か「業務効率をする」などの選択肢がある中で、どれが最適か、そしてそれをどうやって実現するか?ということをチーム内でコミュニケーションをとります。

こういうプロセスが習慣化されているので、このワーキンググループにおいても全体最適を実現するために、良い意味で各自が「調整」し、それぞれが納得をいく決定がなされています。

 

–簡単ではないと思いますが、このような空気はどのように実現されたんですか?

そうですね、以前はセクショナリズムが強く、「奪い合い」、「取り合い」という思想になってしまっていた時期がありました。

変わったきっかけは、全メンバーで会社のビジョンをつくるという取り組みを行ったことだと思います。当社のビジョンである「つぎのアタリマエをつくる」を全メンバーで目指そうと思ったことで、全メンバーの視座があがり、そのために「全体最適」は望ましいことだよねと自然に形になってきたと思います。

 

「本業に支障をきたす」問題はゼロではない

–運用方法についてお聞きします。目標設定や評価はどのようにしていますか?

目標は期初にワーキンググループも含めた目標設定を行います。評価もライン業務とワーキンググループでの業務を段階的な評価をした上で、それぞれを足し合わせるようにして最終的な評価を行います。

 

–運用している中で、どのような課題がありますか?

よく言われることですが、ライン業務の役割が疎かになってしまうケースはゼロではありません。本来は8:2の関係性であったはずのライン業務とワーキンググループの業務が、5:5になってしまうことですね。

 

–その際は、どのように対応していますか?

こういうケースだと、マネジャーがメンバーのタイムマネジメントをしよう、という管理的発想になりそうですが、当社ではそのようなことはあまり”良し”としていません。

基本的にはセルフマネジメントができるようになって欲しいので、そのためのフィードバックを行います。

ワーキンググループを開始した当初も「セルフマネジメントをできないメンバーはやってはいけない」のではないか、例えば年次で制限を設けるべきなどのルールがあったほうがいいのでは、といった議論がありました。

ですが、年次とセルフマネジメントなどに因果性はないので、個々人が自由と権利と責任を考えて取り組めるようなマナーやスタンスが大事だと考えて、いまのような運用となっています。

 

これまでワーキンググループの新規申請の却下はゼロ

–ワーキンググループはどのように開始されるんですか?

申請をして承認をするというプロセスはあります。ですが、実際は水面下で勝手にスタートしていて、それを後でワーキンググループにするということもあります。例えば、当社で運営している「THINK ABOUT」という会社づくりを考えるコラムサイトはまさにその例です。

 

–そうなると、そもそも「ワーキンググループ化」する意味とは?

予算と評価の対象になるのが大きな違いだと思います。業務として時間とお金を活用できるようになるので、やれることの幅もスケールも大きくなるのが、関わるメンバーにとってのメリットだと思います。

 

–会社としては、ある意味で投資案件となりますが、承認の基準は?

そもそも申請されて、これまで開始時期をずらしたことはありますが、却下したことはないですね。会社づくりという文脈にフィットしている取り組みであり、会社にとってマイナスになるような取り組みでなければ問題ないと思っています。

また実際にやってみないと効果がわかならないこともあります。例えばTHINK ABOUTも初期は「なんでやっているの?」という声もありました。しかし、やり続けてきたことで会社のブランドとなり、採用面・営業面での貢献は大きくなっています。ですので、今後もどんどんチャレンジをしていきたいと考えています。

 

新卒定着率が23%から90%へ

–運用した結果の効果はどう評価されていますか?

この取り組みだけの成果ではないですが、定着面では大きな効果がありました。

2007年〜2012年の6年間の新卒定着率が23%だったのに対して、2013年以降から現在までの定着率は90%となっています。新卒の採用母数は前半の6年間がおよそ10名以下だったのに対して、後半6年は10名以上(直近だと20名以上)の採用をしている中では、高く評価していいと考えています。

 

–それ以外の副次的な効果はありますか?

新卒採用という面においても効果を感じています。新卒採用イベントなど、採用候補者と接点を持つ際に、入社2年目とか3年目のメンバーが権限をもって活躍しているシーンをみせることで、自然と「若手でも権限・裁量もって任せてもらえる」を伝えられていると思います。

また育成・成長という面においても、会社づくり、組織づくり、将来の事業づくり、というテーマと向き合い、経営陣との接点が増えることで、事業知識、視座の向上などにも効果があると感じています。

 

自社だけでメンバーのやりたいはカバー仕切れない

–ワーキンググループの今の課題は

2012年に立ち上げた当初は、「事業側での機会がなかった」という課題がありましたが、会社のステージ・規模もかわり「事業側での機会」をつくれるようになってきています。その上で、よりメンバーが能動的に関わりたくなる仕組みについては課題を感じています。

 

–つまり、ワーキンググループの当初の目的が達成されつつあると。

そうですね。「挑戦する機会を提供する」という意味では、その状態は実現されつつあるかもしれません。そのため、「ワーキンググループ」という立ち位置や目的自体を改めて見直す時期にきているかもしれません。

 

–逆に、今後はどのような形を目指していくのですか?

今後、ラインや部署という概念がなくなっていき、あらゆるものがプロジェクト化していき、自由に参加できるようになっていくと思っています。

特定の対象をワーキンググループとするのではなく、すべてのものがワーキンググループのようになっていくというイメージですね。その上で、自分の関心があるものを常に選択していくという働き方が次の形かもしれません。

 

–働き方の自由化ですね。

そうですね。そして、その先は、一人一人がwillを発揮したり、成長実感を得られるような環境をつくっていきたいと思っています。

その際に、そもそも自社だけで、その環境をつくりだせると考える方が、難しいと考えています。つまり、外で挑戦する機会をどんどんつくっていきたいし、逆に外から業務委託で20%だけ関わるという方も受け入れていきたいです。

 

–このような新しい働き方を目指す動機はどこにあるのですか?

事業・組織においても「つぎのアタリマエをつくる」という会社のビジョンを実現したいと強く思っているからです。

それは、「自分たちがいい組織がつくれたらおしまい」では実現しません。いい事例をつくり、その組織を実現できる人が育ち、そのメンバーが社会に広めていくことで、「つぎのアタリマエ」を形にしていきたいと考えています。

結果的に、このようなことに先んじて取り組むことが、いい仲間を増やすきっかけになると信じています。

 

 

— 編集後記 —

社員のビジョンを全員に公開し、全員が応援する組織。

もちろん全員がそのビジョンを形にできるわけではないのだと思います。ですが、それぞれの人に寄り添って、相手のためを思ってそれを支援する組織を形にしようとしている。社員の立場にたつと、過保護ではない意味で「大事にされている」と感じられると思います。

「20%で、やりたいことがやれる」だけでは、この定着率は実現しなかったと思います。個々人のwillやキャリアを真剣に形にしようという組織としてのスタンスと、実際にそれを実現させてきた実績が、この結果につながったのだと思います。

施策だけではなく、丁寧で地道に「向き合い」を徹底することで、社員とのエンゲージメントを強くしている取り組みです。

 

 

<聞き手プロフィール >

野崎耕司 
@Engagement編集長 / 株式会社トラックレコード代表取締役(共同経営者)。DeNAでの人事プロジェクト「フルスイング」の責任者、MERYの雑誌事業責任者やブランディング責任者などをつとめ、株式会社トラックレコードを2018年に設立。
https://twitter.com/nokonun

撮影:青木章(fort)

News Letter

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    koji nozaki

    @Engagement編集長 / 株式会社トラックレコード代表取締役(共同経営者)。DeNAでの人事プロジェクト「フルスイング」の責任者、MERYの雑誌事業責任者やブランディング責任者などをつとめ、株式会社トラックレコードを2018年に設立。