「部下がマネジャーを4段階で毎月評価する」Salesforceが成長し続けてきた目標とフィードバックの仕組み | JinJiのトリセツ

15万社以上に導入され、CRMとしては世界No.1のシェアを誇り、数々のクラウドサービスを提供しているセールスフォース・ドットコム。働き方の面でも注目をあつめており、企業リサーチサイト「Vorkers」による「働きがいのある企業ランキング」では、2018年度の第1位に選ばれています。その同社では、独自の目標設定(V2MOM)アプリを活用したリアルタイムフィードバックの仕組みを導入することで、社員と組織のエンゲージメントを高めてきました。

セールスフォース・ドットコムにおける目標とフィードバックの仕組みについて人事本部の浅田靖隆さんにお話を伺いました。


浅田靖隆さん / 株式会社セールスフォース・ドットコム 人事本部ディレクター
富士通株式会社にて人事業務に従事。採用、人材育成、HRビジネスパートナーなどを経て、2012年から2016年まで米国子会社へ出向し、駐在員サポートや現地の人事業務を担当。2017年4月より株式会社セールスフォース・ドットコム入社後は主にシェアード・サービスを担当し、当社テクノロジーを活用した社員のエンゲージメント向上などに努める。


全社の意思統一を図るための「V2MOM」

―まずはベースとなる目標設定について教えてください。セールスフォース・ドットコムの社員の方はどのように目標を設定しているのでしょうか?

「V2MOM」というフレームワークがあります。「VISION」、「VALUES」、「METHODS」、「OBSTACLES」、「MEASURES」の5つの頭文字をとったもので、簡単に言えば全社的な意思統一をはかると同時に、社員が自分自身の進路を示す詳しい地図と目的地に導く羅針盤を得るための、シンプルかつ有効な仕組みです。

ざっとご説明すると、1つめの「VISION」は、行いたいことや達成したいことを定義します。2つめの「VALUES」はビジョンの追求を支える原則や信念。3つめの「METHODS」は業務の完遂に必要な行動や手順ビジョンを達成するために克服しなければならない課題や問題、難点が4つめの「OBSTACLES」、さらに具体的な成果を測定するための指標として「MEASURES」が設けられています。


*セールスフォース・ドットコム社説明資料より抜粋

―先ほど全社的な意思統一を図るとおっしゃっていましたが、V2MOMを決める具体的なプロセスについて教えてください。

まず年度のはじめに経営トップが会社としてのV2MOMを定めます。会社の V2MOM が確定したら、部門、チーム、個人へと順次伝達され、全員が各自の V2MOM を作成します。

 

―基本的に上から下へ落としていくと。

そうですね。

 

―トップダウン型の目標設定だと、社員個人のキャリアプランとそぐわないケースは出てきませんか?

トップダウンが基本ではあるのですが、それぞれの組織で社員からのフィードバックを得ながらブラッシュアップを図っています。トップダウンでありながら、コラボレーションを通じて組織全体の賛同、意思統一、透明性を高めるプロセスであることがV2MOMの特徴の一つです。

 

―トップダウンを基本としつつも、個人のキャリアパスと照らし合わせて目標を設定できる仕組みを整えているんですね。

 

上のポジションの目標も見ることができるので、おのずと視野も広がる

ー具体的な目標としてどういったことを設定するんですか?

わたしの部署の正式名称は「Employee Success(エンプロイー・サクセス)」と言うのですが、「社員の成功」を実現すると言う意味です。したがって私の場合のVISIONは「社員のエクスペリエンス(顧客体験)の向上」と、「絶え間なきプロセス改善」です。さらにその2つに連動するVALUESとして、「トラスト」「サービス」「効率」「イノベーション」の4つを設定しています。

 

―より詳しく伺いたいのですが、たとえばVALUESの「トラスト」というのはどういったことを意味しているのですか?

これは弊社の人事ヘッドが大切にしている考え方でもあるのですが、人事はまず「トラステッドアドバイザー」であるべきだと。社員から信頼されるためにより良いサービスを提供し続けることや、社内外のステークホルダーとより良い関係を構築するためにそのような立ち振舞いをすべきということを意味しています。

 

―METHODSとMEASURESでは、どのようなこと定義しているのですか?

例えば私のケースをご紹介すると、弊社では毎月部下がマネージャーを4段階で評価する仕組みがあるのですが、その点数を目標設定として置いています。さらにボランティア休暇として年間56時間が付与されるのですが、チームのメンバー1人あたり年間の平均時間も設定しています。

また、社員からの問い合わせ対応についてはダッシュボードを使って要望や問い合わせの種類ごとに件数を可視化して、平均して回答に要する日数も目標としています。

 

―なるほど。一方、目標設定の段階で「OBSTACLES」(障壁)まで明文化している会社は珍しいと思います。人事のオペレーションを統括されている浅田さんの場合、具体的にどういったことを挙げているんですか?

例えば、グローバル全体で共通した人事のサービスを提供するという目標を定めているのに対し、言語やカルチャーの違いがあるのでワークしないサービスもある、といったことです

 

ー実際のところV2MOMは社員の働き方にどういった影響を与えていますか?

個人的には、仕事で何か問題が生じた際に「何のためにやっているのか?」というところに立ち戻れるのが大きいです。VISIONやVALUESがきちんと明文化されているので、それをあらためて確認したうえで方向性を定められます。

さらに、上司やその上のポジションの人も目標も見ることができるので、おのずと視野も広がりますよね。たとえばわたしは去年の4月に入社したのですが、V2MOMを見ることによって、初めて会う社員がどんな人なのか分かりましたし、部署をまたいだ打ち合わせの際も短い時間で距離を縮められました。

 

―メンバーレベルでの効果は?

メンバーも同様に全世界の社員のV2MOMを見られるので、自分と同じ役割を持った他のリージョンの社員がどういった目標設定をしているのか参考にできると思います。

自分のキャリアパスを引き直す場合でも、他の部署のメンバーが何をやっているのか、どんなタスクがあるのか、具体的にどういったメソッドがあるのかをV2MOMを通じて把握して参考にできます。

 

フィードバックを通じてパフォーマンスを高める

―続けて評価のフィードバックについてお伺いします。フィードバックには専用のアプリが使われているんですよね?

その名の通り「feedback」という自社開発のアプリです。

カレンダー形式になっていて打ち合わせの内容などを同僚にフィードバックできる「REAL TIME」上司についての5つの質問にそれぞれ4段階評価で回答し、月1回フィードバックする「MY MANAGER」、同様に部下を4段階で評価してフィードバックする「MY TEAM」、自分へのフィードバックがサマリー化された「ME」という合計4つの機能が付いています。


*セールスフォース・ドットコム社説明資料より抜粋

―具体的にどういった使われ方をしているのですか?

「REAL TIME」は、たとえば「この間の社内イベントを取り仕切ってくれてありがとう!」といったコメントなど、基本的には感謝や称賛の気持ちを伝えるためのツールとして使われています。傾向としては全社的にポジティブな内容のフィードバックが多いようです。

「MY MANAGER」と「MY TEAM」は、V2MOMに対する成果を上司と部下がお互いにフィードバックしあうための機能です。

 

―アプリでのフィードバックや4段階評価にはどういったメリットがあるのでしょうか? 浅田さん自身はどう感じていますか?

まず評価される部下としての立場から言うと、数字での評価とあわせてマンスリーできちんとフィードバックされるのはありがたいです。自分が正しい方向性にあるのか、上司との間でアライメントがとれているのか確認できますし。

あと、別の部署の人から「REAL TIME」でフィードバックをもらうこともあります。自分とは違う視点を持った人からの意見をリアルタイムに得られるのもとても参考になります。

一方、部下に対してフィードバックする立場で言うと、具体的な行動や成果に対してフィードバックすると本人の能力開発やレベルアップにつながるので、部下1人ひとりをしっかり見ないといけないと感じますし、ピープルマネージャーを育てるための1つの基盤のようなものになっていると思います。

 

社内にデータを蓄積し改善する「HRスケールエンジン」の思想

―今後注力していきたいことは?

注力していくことの軸は、社員のエクスペリエンスを向上させることです。直近で取り組んでいることとしては、ヘルプデスク機能のupdateです。具体的には、ヘルプデスクへのQAを蓄積し、できる限り早く社員へ回答するための仕組みを独自に構築しています。また、実際にどのような問い合わせがきて、どの程度のスピードで返信し、その対応への満足度はどの程度だったかを計測するPDCAの仕組みを構築し、改善につなげています。

社内では「HRスケールエンジン」と呼んでいますが、このように「社員が何を求めているのか」を蓄積することで、適切な回答を迅速に提供することができます。今後もテクノロジーを活用し、より効率的で、スケーラビリティーのある仕組みをつくっていきたいと考えています。

 

(編集後記)

OracleやSlackなど多くの企業に取り入れられているリアルタイム評価ですが、人事評価のサイクルとして実践していくためには、その土台となる仕組みづくりが欠かせません。

そのための仕組みとは、目標とフィードバックの文化と運用です。セールスフォース・ドットコムでは、V2MOMやコンピテンシーモデルの開発によって、何に対してフィードバックをすべきかがクリアになっています。そして、会社としてフィードバックを行うことを強く推奨していることで、フィードバックへの抵抗感も生まれにくくなっています。そこに加えて、Web上で簡単にフィードバックを贈りあえるUXを提供しています。

さらに、このフィードバックに限らず、社員1人ひとりが熱意をもって仕事に取り組めるようシステムをデザインをしています。このような仕組みづくりへの姿勢が、社員と組織のエンゲージメントにつながっているのではないでしょうか。

 


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野崎耕司 
@Engagement編集長 / 株式会社トラックレコード代表取締役(共同経営者)。DeNAでの人事プロジェクト「フルスイング」の責任者、MERYの雑誌事業責任者やブランディング責任者などをつとめ、株式会社トラックレコードを2018年に設立。
https://twitter.com/nokonun

文:斎藤良
撮影:杉本晴

News Letter

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    koji nozaki

    @Engagement編集長 / 株式会社トラックレコード代表取締役(共同経営者)。DeNAでの人事プロジェクト「フルスイング」の責任者、MERYの雑誌事業責任者やブランディング責任者などをつとめ、株式会社トラックレコードを2018年に設立。