@Engagementにて「人材育成は科学できるのか?」というテーマのイベント「ピープルグロースHack」を4/23に開催しました。
メインゲストとしてお招きしたのは、株式会社セプテーニの平岩 力(ひらいわ りき)さん。広告代理事業の人事部門の責任者として採用・人材育成・組織開発を統括するかたわら、4月4日には共著として「トップ企業の人材育成力」(さくら舎)を出版されました。
平岩さんが考えるピープルアナリティクスとはどういったものなのでしょうか? 具体的にどんなデータを、人材育成のどういった局面に活用しているのでしょうか? 運用面の課題や今後実現したいこととあわせて詳しくお話を伺いました。

平岩 力 / 株式会社セプテーニ コーポレート本部 人材開発部 部長
成蹊大学卒業後、2007年セプテーニグループ入社。人事・営業と経験し、2015年に広告事業の採用部門を立ち上げる。後に、取締役としてエンジニア子会社の人事領域を兼務。現在は広告事業の人事責任者として、採用・育成・組織開発を担当。
個性×環境の掛け合わせで人は自然と育つ
–まずはセプテーニグループの人材育成の枠組みについて、その背景などあればあわせて教えてください。
セプテーニグループでは、2009年頃から採用・人材育成のための人事データを蓄積をし始めました。組織の最適化を支援する株式会社ヒューマンロジック研究所の協力のもと、「FFS理論」に基づいたデータ分析を行うことからスタートしました。
FFS理論というのは、お互いの個性やストレスを定量的に理解し、人と人との相性や環境を整えることで仕事の生産性を高めることを説いた理論です。その理論と、当社の概念を組み合わされて、弾き出した「育成方程式」を活用し、ピープルアナリティクスに取り組んでいます。
「人が育つを科学する」というコンセプトのもと、過去20年分の膨大な人材データを蓄積し、それをAIをはじめとする様々なテクノロジーを活用することで、再現性の高い、採用や人材育成のロジックをつくろうという考えが根底にあります。
— 具体的にはどういう方程式ですか?
“G(成長)=P(個性)×E(環境)[T(チーム+W(仕事)]”という方程式です。
「G」は、20年ほど前から「360°サーベイ」という人事考課制度におけるスコアで表しています。
半年に1回の人事考課で0~5段階の評価をつけています。部門の分けへだてなく、一人当たり約20〜50名が匿名で評価をつけるというもので、その平均値が高ければ高いほど「評判がいい」というわけです。社内では重要指標として位置づけられて運用を続けています。
「P」は従業員のパーソナリティ(個性)です。基本情報やFFS診断の結果、採用選考履歴、異動履歴、研修等の受講歴、イベント参加有無等まで、人事データベースとして蓄積しています。1人あたりのデータ数としては入社時で170項目くらいあるものが、入社後10年で800項目くらいまで増えますね。
「E」は環境です。
T(チーム)とW(仕事)から成り立っていて、「T」は上司や同僚といった人間関係に関するデータで、「W」は仕事のスタイルを指します。仕事のスタイルとは、たとえば営業なら、新規開拓型と課題解決型の違いといったような、仕事の属性といったイメージです。
–つまり、行動ログなども含めた従業員のパーソナリティと、チーム・仕事を含む環境をマッチさせることができれば、その掛け算によって自然と人は育つという考え方ですね。
おっしゃる通りです。
–「P」のパーソナリティについては、何か区分のようなものを設けて捉えているんですか?
思考行動特性に関してはFFSのデータを基に4タイプに分類しています。縦軸が「攻め(未来創造型)・守り(課題解決型)」、横軸が「アナログ(直感型)・デジタル(分析型)」の4象限になります。
パーソナリティが似たもの同士を1つの組織に集めるのは正解か?
–パーソナリティに合わせた相性を軸に配置を考えているんですね。そこで1つ疑問があるのですが、人材育成において、同じようなパーソナリティを持つ人だけが集まってしまうことにはならないか?
それは局面によると思います。たとえば新入社員を短期的に育成する場合、パーソナリティタイプの近い上司のチーム(T)に配置した方がOJTの効率があがるため、実務におけるメンバーの成長が早いです。
これは育成方程式の通りで、成長(G)との正の相関性が確認できています。 一方、中長期的なスパンでプロダクト開発する場合などは、さまざまな局面でバランスのある判断が求められるので、「デジタル(思考型)」タイプは同じであっても、「攻め(未来創造型)・守り(課題解決型)」の上下両方からバランスよく人を配置するほうが良いと思われるケースもあります。
あるいは新規事業領域なら、右上の「攻め(未来創造型)・デジタル(思考型)」に突き抜けた人材に意図的に任せるようなこともあります。事業フェーズやKPIはなにか、どんな組織をどうワークさせたいのか、を念頭に置いて考えることが重要です。
配置・異動からリテンション施策までデータを活用
–ここからはより詳細な運用の話についてお聞かせいただければと思います。今お話しいただいたデータは、具体的にどういった人事配置・異動に活かされているんですか?
最も重要視しているのは、新入社員の初期配属から約1年間のオンボーディング期間です。“G(成長)=P(個性)×E(環境)[T(チーム)+W(仕事)]”という方程式添い、新入社員と配属先チームとの相性をシステムで計算します。具体的には、すべての新入社員と配属先チームとの相性を定量的なスコアで可視化し、相性スコアが最も高い配置となるよう全体最適をおこないます。人の定性的な判断だけで決定しないことが基本的な考え方です。
また、この期間は3ヶ月ごとに新入社員の適応度合を定量的に検証し、早期にPDCAを回し、適宜補正(異動や仕事内容の変更) を加えていくことで、新人の早期戦力化を実現することを目指しています。 一方、新入社員に関わらず、事業を活性化させるための異動や、退職リスクのある対象者をリテンションするための異動もあります。
たとえば、あるチームに配属したメンバーの「G」が伸び悩んでいるという場合、何かしらの変数を加える必要があるのですが、前述の方程式に沿い、「T(チーム)」もしくは「W(仕事)」を変えるアプローチを行っています。 さらに、当社では全社員の退職リスクの予測を行なっています。
シンプルに言うと、過去20年に渡る膨大な人事データの中から、退職者の傾向と近いメンバーを判定する仕組みです。 退職リスクが高く出ている社員には、状況に応じて「T(チーム)」もしくは「W(仕事)」の変更、つまり異動等を本人や上司と相談の上、検討していきます。
現場で感じるAIと人のジレンマ
–人材配置から異動、退職リスクの抑制まで、ここまで仕組み化するのは非常に手間がかかると思うんですが、運用の役割分担はどうされているんでしょうか?
人事データの蓄積や解析といったアナリティクスの部分から予測モデルの構築までを、株式会社セプテーニ・ホールディングスの人的資産研究所という組織が担当しています。そこに対して、私のような事業部の人事が「こういうデータが欲しい」といったリクエストとしたり、「データを組み合わせてこういったことができないか」といった相談をしたり、現場で得られた情報を提供したりしています。
人的資産研究所と事業部人事のキャッチボールで、新たなアウトプットをつくっていくという形もありますね。
–平岩さんの立場で苦労していること、歯がゆさを感じる点は何かありますか?
シンプルに言うと、AIと人のジレンマのような部分ですかね。
基本的にはAIを根拠として配置や異動を行なうんですが、ビジネスサイクルの変化に応じて、同じ組織の中でも年々仕事内容は変わっていきます。当然ですが、AIは過去データに基づく判断になるため、全く新しい変化に即座に適応することは難しいです。 そういった時はやはり、人にしかできない柔軟な判断が必要になります。
AIの精度を上げるための検証を続けつつ、やはり人とAIの役割分担というか、人とAIの共存をもっと突き詰めて考えていく必要はあると思います。 また、AIにより何か新しいアウトプットを出したい場合、内容や精度にもよりますが、データの蓄積や検証期間が必要なので、その時間軸に歯がゆさを感じることはありますね。
現場に近い事業部人事だからこそ、より感じることなのかもしれませんが。 ただ、今の仕組みがあるのは2009年頃からコツコツと人事データを蓄積してきたからこそです。断片的なデータだけでは統計上あまり意味をなさず方向性も見えてこないので、そういった点では、地道にやり続けることこそが、質の高い価値提供を可能にする唯一の道なのかもしれません。
データ活用で経営との共通言語を増やす
–セプテーニグループが2009年からデータ蓄積をはじめ、これまでピープルアナリティクスを続けてきた理由、続けてこられた理由は何だと思いますか?
1つは、「育成方程式」に沿った人材育成施策のPDCAを廻し続けたことにより、ピープルアナリティクスにより社員の成長(G)を加速できることが証明できていること。
もう1つは、ピープルアナリティクスにより「人の定性的な判断」を最小限に留めることができ、人事担当の生産性が高まったことにあると思います。 たとえば、当社の新卒採用アセスメントはほぼAIがやっています。
普通なら人事が面接によって行っている見極めの仕事の大部分をAIに任せることで、その分を採用後の会社理解や採用広報やマーケティングなどの時間に充てることができます。これは配置や異動についても同じ。現在のピープルアナリティクスを活用した組織運用が整い始めてから、人事も現場も生産性が格段に上がったように思います。
さらにもう1つあげるとすると、ピープルアナリティクスに取り組み始めた段階から、経営層に「データを活用して人の競争力をあげていく」という強い意志がありました。これは大きいと思います。
–たしかに経営層が熱量を持ってリードしていくというのは大きいですね。最後に今後チャレンジしたいことについて教えてください。
先ほどお話したように、ビジネスと人の成長を結びつけることにチャレンジしたいですね。「この人を育てれば、何年後にこれだけ会社にリターンがある」というような、人のLTVみたいなものが可視化できれば、経営との共通言語が増え、ドラスティックな意思決定できるようになりますよね。
人が育つとビジネスにどう影響があるのか、というところに注力したいですね。
また人材育成で課題意識があるのは、日本の企業は総合職採用で、ゼネラリスト型のキャリアが評価される仕組みとなっていることです。
一方でそれを積み上げたときに、社内の中だけでしか通用しないスキルばかりが磨かれ、汎用性のないキャリアに陥ってしまうこともあると思うんですよね。 そこで、ジョブディスクリプションを言語化し、一つひとつの仕事に求められる資質を突き詰めて、しっかりとスキルを定義することにチャレンジしたいです。
そうすることで、個々の人材の「こんなことができます」というスキルや経験が細分化されて、それにマーケットの需要があることがわかれば、どこにいっても通用できる人材を育てることができる。 データサイエンスの力で、そうした現状も変えていきたいですね。
書籍「トップ企業の人材育成力」とは
「どうすれば優秀な人材を獲得できるか」
「どうすれば一流の人材に育てられるか」
「どうすれば強い会社組織を開発・構築できるか」
「どうすれば人事は経営からの問いに答えられるか」
採用・育成・人事・組織開発・HRテクノロジーなどのHR戦略を、ビジネスシーンの最前線で実践しているスペシャリスト8人が明かします。
経営と人事のリンクについての課題を解決するため議論と調査を重ね、そのエッセンスを凝縮させた一冊です。
編集:野崎耕司
文;斉藤良