煩雑な労務手続きの自動化を実現するクラウド人事労務ソフト「SmartHR」を提供する株式会社SmartHR。導入企業数18,000社を超え、ユニコーン企業の創出を目指す「J-Startup」に採択されるなど、急成長している注目のスタートアップです。
その躍進を加速させている取り組みの一つが、情報のオープン化。SmartHRでは「社長が持っている情報と、メンバーが持っている情報を同等にする」というコンセプトのもと、経営や人事にまつわるあらゆる情報を社員に公開しています。
具体的にどんな情報を、どのように公開しているのか。それによって社員の働き方はどう変わったのか、広報担当の渡邊さんにお話を伺いました。
渡邊順子さん / 株式会社SmartHR 広報
経済産業省で約7年半、秘書業務や政策部門などの経験を通じて様々な企業やサービスの面白さを知る。その後、アパレルメーカーの営業、グリーを経てスタートアップ企業に飛び込み、広報部門を立ち上げた経験を活かしてSmartHRに入社。
会社の口座残高や資金調達の時期までオープンに
–まずあらためて、どういった情報をオープンにしているのか教えてください。
営業の商談や経営会議の議事録から人事評価制度をつくるプロセス、会社の口座残高、キャッシュフロー、資金調達の状況までほとんどすべての情報を公開しています。
たとえば経営会議の場合、これまでの議事録がすべてストックされているのですが、そのすべてを全社員がアクセスできる場所に置いています。さらにそのなかに「今週の残高」というコーナーを設けることで、会社にいくらお金が入ってきて、何にいくら使ったのか、社員全員がひと目でわかるようになっています。逆に公開していないのは、個人の給与と、メンバーとリーダーの1on1の面談内容くらいですね。
*SmartHR会社紹介資料より抜粋( https://speakerdeck.com/miyasho88/we-are-hiring )
–残高まで公開している会社はあまり聞いたことがないですよね。ちなみに個人の給与と面談の内容のみオープンにしていない理由は?
「誰々はいくらもらっている」という話になると、やっぱりセンシティブになりますし、1on1の場合、内容が公開されるのが前提の面談では、本当に話したいことを話せなくなってしまうのではないかと。
ただ、給与に関しては個人こそ特定していないものの、等級ごとに年収のレンジを公開しています。たとえばエンジニア・デザイナーなら、3等級のメンバーが6名いて年収の幅は400万円から700万円、といった形です。これがステップアップを目指すメンバーの1つの目標になっていると思います。
*SmartHR会社紹介資料より抜粋
–なるほど。資金調達の話は、具体的にはどれくらい詳細に公開しているんですか?
Slackで「そろそろ残高が少なくなってきたから資金調達するかも……」という話が自然にはじまり、「株主と今こんな話をしている」、「こういった意見が出ている」というプロセスすべてをオープンしています。
–そこまでオープンにすると、やはり社員の方も驚かれますよね?
そうですね。資金調達が決まったり、誰もが知る有名企業から受注があったりすると、メンバーのモチベーションアップにつながりますね。去年の8月にテレビCMの制作を発表した時もたくさんの社員から「まさか自分の会社がCMをやるなんて、すごい!」という声があがりました。
情報をオープンにすると、社員は自分で動くようになる
–続いて、より具体的な成果についてお聞きしたいと思います。情報をオープンにしたことによって、メンバーの働き方はどう変わりましたか?
いくつかあるのですが、まず部署間の連携がよりスムーズになりました。
受注が決まるとセールスチームがすぐにSlackで受注内容を共有するので、CSチームはそれを引き継いでスムーズにお客様をサポートできます。一方でセールスチームの目標達成が厳しい時には、他の部署がリードや商談を増やせるような対策を考えたり。
また、Slackでの社員同士のやりとりも全体の90%以上がパブリックチャンネルで行われていて、クローズドなプライベートチャンネルはほとんど使われていません。
*SmartHR会社紹介資料より抜粋
あとは社員1人ひとりの能動性が高く、メンバーそれぞれが今の会社の状況からやるべきことを判断して、アクションするようになっていますね。というのも、SmartHRのような労務のソリューションがなかったので、市場もまた、より早く私たちが開拓していかなければならないのです。
たとえば先ほど少しお話した昨年のテレビCMの件。経営陣から具体的な指示がある前に、マーケティングのメンバーがその時点での財務状況を見ながら、代理店や具体的な予算案、放映のタイミングを考え、具体的なプランをまとめていました。やると決まった時には、社長でさえ「本当にやるんだ」と驚いていたようです。
–他に具体的な事例はありますか?
いまのオフィスへ移転したときも、予算の状況にあわせて移転時期を調整したり、大きな額の支払いを資金調達後に行えるように交渉したり、オープンになっている情報をもとにそれぞれのメンバーが自律的に動いています。
また情報がオープンであることは現場の判断や決裁を信頼することにもつながります。
実際に、マーケティング部署のあるメンバーがサービス紹介の冊子や記事広告を担当することになり、ある程度まとまった額の制作費を申請したことがあったのですが、マネージャーの判断で即予算が下りて、スムーズに制作がスタートしました。中途入社して間もないタイミングだったこともあって、申請した本人も「ここまで決裁が早いのか……」とびっくりしていましたね
情報開示するうえで気をつけるべきこと
–経営戦略や資金に関する情報をメンバーに公開するうえで、表現や言い回し気を付けていること、あるいは、より情報が伝わりやすくなるように工夫していることはありますか?
SlackやQiitaで情報を発信する際は決まったフォーマットがあるわけではなく、基本的には発信するメンバーそれぞれの判断に任せています。専門的・技術的な案件を共有する際は、よりわかりやすい言葉に置き換えて説明されるので理解度も高まりますし、意見や疑問も積極的にコメント欄にあがります。
–経営やサービスの数字が悪くなっている、といったネガティブな情報も公開しているんですよね?
公開しています。それも会社に対してチームや自分が「何ができるか?」考えるきっかけになっているかと。以前、セールスチームの目標達成が厳しい月があったんですが、「残りの日数でなんとかしたい」とSlackで発信したところ、一気にたくさんのアイデア・意見が集まりました。
–見ようと思えば誰でも情報を見にいける、というのはとても良い環境だと思うのですが、会社からの能動的な情報発信はどのような取り組みをしていますか?
毎週の経営会議のあとに20分程度の時間をとって全メンバーに集まってもらい、そこで議事録や決定事項を共有しています。スクリーンを設置して、社員それぞれがsli.doでリアルタイムに質問を送り、その場で社長やマネージャーなどが回答します。
*SmartHR会社紹介資料より抜粋
オープンな文化で生まれたファインプレー集3選
今回の取材では渡邊さんへのインタビューとあわせて、後日あらためて社員の方へのアンケート調査を行いました。テーマは「オープンな文化で生まれたファインプレー集」。最後にいただいた回答のなかからとりわけ印象的だった3つのエピソードを紹介します。
FinePlay1. 他部署メンバーのコネクションで販路を開拓
▶ オープンにした情報
「特定の業界に特化したアプローチ強化」という戦略
▶ 起こったファインプレー
他部署メンバー(チャットサポートチーム)から「うちの父がその業界に勤めているので、営業的な動きができるかも」と声がかかり、その紹介から、大手企業の意思決定者に商談する機会が発生した
FinePlay2. 新メンバーがわずか2週間でセールスの即戦力に
▶ オープンにした情報
Qiitaでの研修関連資料
▶ 起こったファインプレー
セールスチームの新メンバーに「〇日までにはお客さまと電話で話せるようになっていてほしい」とだけ伝え、後日研修を行なったところ、Qiitaで公開されている資料を読み込んだうえで臨んでくれた。結果として研修は質疑応答のみで終了。これまでの誰よりも早く即戦力のメンバーになった
FinePlay3. メンバーの社外交渉で資金が厳しい時期を乗り切れた
▶ オープンにした情報
会社の口座残高(資金調達前に口座残高が1,000万を切りそうな状況が発生)
▶ 起こったファインプレー
CMの制作費やオフィス移転の費用といった、金額の大きい案件の支払時期をメンバーが交渉してくれた。それによって資金調達前の会社にとって厳しい時期を乗り切ることができた。
(編集後記)
会社の口座残高やキャッシュフローなど、本来は経営陣しか知り得ない情報を社員に公開するのはとても勇気のいる決断だと思いますが、SmartHRではあらゆる情報をオープンにし、社員の能動性を促すことで、事業を加速させています。
その背景にあるのが、創業者である宮田昇始さんの「100の問題を50人で1人2問ずつ解く」という経営の考え方。
開発の優先順位や資金の調達方法など、経営にまつわるさまざまな問題を社長1人が抱え込んでしまうと、決裁のスピードは遅くなり、トライ&エラーもできません。それを避け、メンバーが問題を自分で見つけスピーディーに解決していくために、メンバーそれぞれが経営者レベルの意思決定ができるように、あえて経営会議の内容や口座残高まで公開しています。
情報公開レベルの策定に悩んでいる人事・総務担当の方や、社内の風通しが悪いゆえの閉塞感に悩んでいる経営者にとっては1つのヒントになるのではないでしょうか。
< 取材者プロフィール >
野崎耕司
@Engagement編集長 / 株式会社トラックレコード代表取締役(共同経営者)。DeNAでの人事プロジェクト「フルスイング」の責任者、MERYの雑誌事業責任者やブランディング責任者などをつとめ、株式会社トラックレコードを2018年に設立。
https://twitter.com/nokonun
文:斎藤良
撮影:杉本晴