Soup Stock Tokyoをはじめとして国内約60店舗以上を構える株式会社スープストックトーキョー。
2016年の分社以降、「世の中の体温をあげる」を企業理念として掲げている一方で「社員やパートナー(アルバイトスタッフ)の体温をあげきれていない」という課題を抱えていました。そこで人材開発部を新設し「働き方”開拓”」のコンセプトのもと様々な施策を展開し、組織課題の改善に取り組んでいます。
数ある取り組みの中でも社員、パートナー、店舗のチャレンジを後押し「仲間の体温をあげる」取り組みへと繋がっている社内SNS「Smash(スマッシュ)」について、人材開発の責任者でもある取締役の江澤さんに伺いました。
江澤身和さん / 株式会社スープストックトーキョー取締役
短大卒業後、2005年、同社にアルバイトとして入社。1年後に社員となり、複数店で店長を歴任後、法人営業部にて17店舗の新店立上げ・人材開発責任者を務める。2016年の分社に際し、取締役兼人材開発部部長に着任。“人を大切にする“を基軸に本質的な採用・育成の仕組みづくりに取り組む。
社員とパートナーの背中を押してあげることが大事
–Smashとはどのようなものですか?
Soup Stock Tokyoの社員・パートナーが閲覧できるWEB社内報の機能と、SNSのタイムラインのように投稿しリアクションができる機能を備えた、会社、店舗、社員、パートナーをつなぐコミュニケーションツールです。
社内報として発信しているコンテンツには、1日ひとりのパートナーを紹介する日めくりカレンダーや、週替りのスープメニューの紹介コンテンツや社長松尾のコラムなど、「見に来たくなるコンテンツ」、「仕事上見る必要があるコンテンツ」、「ブランドや会社に共感を促すコンテンツ」などを発信し、アクティブになるように設計しています。
タイムラインには、社員・パートナーが、店舗での取り組みや、仕事上の疑問や困ったことなどを投稿し、それに対して誰でもリアクションをして、店舗を超えてコミュニケーションをできるようになっています。
-なぜこのような取り組みを始めたのですか?
スープストックトーキョーは「世の中の体温をあげる」という理念を掲げているのですが、3年ほど前の状態として「社員もお客様も体温が上がっていない」という経営課題を感じていました。現場の実態としても仕事をこなすようになってしまっていたり、ブランドとしてのチャレンジが減っている状況でした。
そこで改めて企業理念に立ち返り、我々は「なぜスープ屋をやっているのか?」を考えました。その問いへの自分たちの答えは「世の中の体温をあげる」ため、だったんです。そこで、まずは「社員・パートナーの体温をあげる」ことに取り組みはじめました。
その上で大事なことは約200名の社員だけではなく、実際にお客様と接点をもつ約1500名のアルバイトスタッフである”パートナー”を巻き込んで、全員でその理念を体現することが重要だと考えました。
–Smashの役割とは?
はい。実はこのSmash自体は以前よりあったのですが、これまでは一方的な社内報の機能のみでした。そこにSNSのタイムラインのような投稿・リアクションができる機能を新たに加えました。
それは、より多くの人を巻き込むために、ブランドとしての取り組みについて、パートナー個人個人の感じていること、考えていることをもっと知ることが大事だと考えたためです。
そうすることで、その理念を実現したいけど「困っている」ことがあればそれを教えてもらって解決することもできます。
またその理念の実現のために「挑戦したい」ことがあれば、それを支持し、応援することで多くの人の背中を押すことができます。
そのような「課題解決」や「挑戦への応援」を店舗間の垣根を超えて発信をすることで、パートナー間でも「わたしも頑張ろう!」という意味でのいい刺激になり、パートナーの体温をあげるという役割を担っていると考えています。
–具体的にはどのようなことが投稿されているんですか?
例えばですが、パートナーが新しいグレード(等級)にチャレンジする際に、自分は「体温をあげるためにどんなアクションをするのか」という宣言を投稿してもらうようにしています。
また店舗における工夫やチャレンジを連載として投稿しているパートナーがいます。他にもお客様からの質問にどのように回答したらいいのか?というQ&Aのような使われ方をしているケースもあります。
いずれも「体温をあげる」という文脈における挑戦や課題を共有し、みんなで解決したり、応援したりするというコミュニケーションが生まれています。
*Smash「投稿事例」/ 照明機器のクリーニング手法を工夫し、紹介している事例
–このようなコミュニケーションを通じてどのような変化を期待していますか?
そうですね。私も、元々店長をやっていたのですが、店舗単位でなにかを変えるということは決して簡単ではありませんでした。もちろん仲間はいるのですが、どこか孤独というか「自分でどうにかしなきゃいけない」という気持ちになることがありました。
そんな経験があったからこそ、自分だけが「こんなふうに良くしたい!」と言っているわけではなく、ブランドや会社が後押しをしてくれることが大事だと考えているんです。
例えば他店舗の投稿された取り組みがすごく応援されているとしたら「〜〜店でこういうことをやっているから、うちもやってみよう!」と自分たちの店舗でもすごく取り組みやすくなります。つまり、誰かの挑戦に共感することで、社員やパートナーの気持ちを勇気づけることができると思っています。
アルバイトスタッフの一つの質問から、翌日に全店のルールを変えた。
–このSmashの投稿を通じて、変化が起きた事例はありますか?
あるパートナーが投稿した「朝のセットメニュー」に関する質問をきっかけに、翌日には全店舗でオペレーションを変更したという事例があります。
それは、おかゆのメニューが複数ある中で、「朝にしか注文できないもの」と「朝以外でも注文できるもの」が、朝の時間帯でも同時にお客様に見えるようになっていたことが背景としてあります。
お客様からすると、Aのおかゆは朝セットとして注文できるのに、Bのおかゆは朝セットとしては注文できないが、メニューとしては目の前に提示されているという体験になっていました。
そのような中で、あるパートナーが投稿した内容は「お客様から『なんでこのBのおかゆは選べないのか』と聞かれた際に皆さんは、どう答えていますか?」というものでした。
–そこでどのような対応をされたのですか?
それを見た社長をはじめ本社のメンバーはそもそもお客様にこのよ
そもそも「朝に注文できないおかゆ」があった理由は、営業上の理由によるものでしたが、それだけのためにお客様を困らせて、パートナーにも困難な対応をさせるくらいなら、「複数のおかゆから選びたい」お客様の期待に応えられる方が正しいと考えて、そのような判断をすることとしました。
社員がアンバサダーとなりコミュニティの盛り上げを推進
–タイムラインにはどの程度の頻度で投稿されていますか?
開始した当初は、1日2-3件だったものが、今は7-8件ほどの投稿がされています。投稿も8割以上がパートナーからの投稿となっており、パートナーの今の課題や挑戦などが共有されているのはとても喜ばしいことです。
–投稿を増やすためにどのような運用されていたのですか?
各エリアにいる社員がアンバサダーとなり、各店舗単位で「こういったことを投稿するといいんじゃない?」といった形で、投稿自体を社員が後押しできるような体制を構築しました。パートナーからすると全社員、全パートナーが見ている場所になりますので投稿へのハードルが高いのも事実です。だからこそ、そういった形で後押しをしています。
–アンバサダーが編集担当のような働きをしているわけですね。
そうですね、実際にあるパートナーが取り組んだ企画で「”裏”日めくりカレンダー」というのものがありました。
これは、Smashの社内報で社員・パートナーを紹介する「日めくりカレンダー」というコンテンツがあるのですが、ある社員アンバサダーが「これだけでは、このパートナーの想いは全然伝わらないのがもったいない」と考えて「”裏”日めくりカレンダー」という名称で「その人がSoup Stock Tokyoで働き始めたきっかけ、いまチャレンジしていること、今後やっていきたいこと」などを紹介するコンテンツを自ら企画・発信しています。
–運用する上で工夫していることは?
アンバサダーの存在にも繋がりますが、社員ではなく、パートナーから発信することは意識にやっています。パートナーの8割は学生ですが「同じ学生の立場でも、こんなに頑張っている人がいる」と伝わったほうが、より響くだろうと考えてます。
また会社やブランドとの距離感を近づけるために、投稿した内容には私や社長も積極的にコメントをしています。実際に行き帰りの電車はほとんどSmash漬け(笑)なので、楽しくも、根気強い運用が必要だと思っています。
–根気強く、丁寧な運営が必要なんですね。
そうですね、言葉や表現には気をつかっています。一方的になってはいけないので、例えば「やってください」ではなく「やっていきましょう」という言葉をつかったり、ブランドはみんなでつくるものという意識を強く持っているので、誰かのものになってはいけないという想いをもって運営していいます。
Smashを始める際にも、編集長をおいたほうが、責任感もでるし、情報も集まりやすくなるしいいのでは?という声も上がったのですが、「誰か一人のものではなく、みんなのもの」だから、編集長はあえて置かないという意思決定をしました。
週1回以上訪問率がわずか1年で10%から70%へ向上
–重視しているKPIと成果は?
まずは興味をもって見てもらうことがことが大事だと思っています。実際に社員・パートナーの週1回以上訪問率は、昨年が10%だったものが、今年は70%以上となっています。
–定性的な意味での成果については?
店長などの立場の社員からは「あの店舗の取り組みいいよね、うちもやってみよう」という使い方で現場を巻き込んでいくときに活用されています。またパートナーからは、これまで他の店舗の取り組みが見えていなかったものが見える化することで視野が広がることに繋がっています。
また学生のパートナーにとって、会社の中の人が、何を考えて、どんな想いで仕事に取り組んでいるのかが伝わるだけで刺激になっています。中途入社社員にとっても、トップの考えから現場の実態までの全容をSmashを見るだけで一定理解できることでキャッチアップが早くなっています。
–エンゲージメントという観点でもポジティブな変化がありそうですね。
そうですね。パートナーの方向けに働く場所としてのNPS調査をしているのですが、この数値は年々上昇しておりまして、昨年は知人・友人におすすめしたいという人が全体の5割以上を超えました。またパートナー向けの紹介制度の利用実績も前年比110%となっており、徐々に変化の兆しを感じています。
–Smashで今後取り組んでいきたいことは?
Smashにフォーカスした話であれば、訪問率も増えてきて、投稿も増えていますが、まだまだ少ないので投稿へのリアクションをもっと増やしていき、さらに多くのパートナーを巻き込んでいきたいと思っています。例えばslackのスタンプのような機能などを取り入れるなども検討しています。また他にも通知機能や動画投稿や他ツールとの連携など改善したいことはたくさんあります。
–組織全体として今後注力していきたいテーマは?
社員の働きがいは注力したいテーマです。パートナーの巻き込みや、楽しいと思ってもらうという点については、Smashに限らず、グランプリの開催など多くの取り組みを展開してきました。一方でパートナーから見た社員が楽しそうにやりがいをもってやれているということが伝わっていかないと「ここで働きたい」には繋がらないと思っています。実際に「パートナーから社員になりたい」という声が多く増えているわけではありません。
パートナーを巻き込むことは引き続き継続しつつ、社員の働きがい、社員の働き方を変えていくことが相乗効果につながると考えています。まだまだ道半ばで、手探り状態でやっていますが、引き続き着実にアクションをしていきたいと想います。
<編集後記>
施策を紹介する企画において、逆説的に聞こえるかもしれませんが、ツールだけで、すべてが変わることはありません。
社員をアンバサダーにする、日々のコメントに対応する、社員の声に真摯に対応するなどの地道で誠実な努力があってこその成果だと考えています。
また本文中では触れませんでしたが、人材開発部は「組織を良くする」だけではなく、その結果として、お客様の体温をあげることをゴールとして「客数」のKPI=責任を負っています。組織の改革と事業の成果を直結し、実際に振り返る取り組みをされているユニークな事例かと思います。
最後に「体温をあげる」という言葉、すごい素敵です。エンゲージメントという言葉の和訳は、もうこれがいいんじゃないかと。
<聞き手プロフィール >
野崎耕司
@Engagement編集長 / 株式会社トラックレコード代表取締役(共同経営者)。DeNAでの人事プロジェクト「フルスイング」の責任者、MERYの雑誌事業責任者やブランディング責任者などをつとめ、株式会社トラックレコードを2018年に設立。
https://twitter.com/nokonun
撮影:杉本晴