自社の価値観や行動指針は組織の拡大につれて、共有しにくくなるため、多くの企業がバリューや行動指針の言語化に取り組んでいます。一方で、それを浸透することは簡単ではありません。
今回の「JinJiのトリセツ」では、企業・業界情報プラットフォーム「SPEEDA」やソーシャル経済メディア「NewsPicks」を運営する株式会社ユーザベースのバリュー浸透の取り組みについて紹介します。同社は、先日「Vorkers」が発表した「自由主義で個性を活かす企業ランキング1位」に輝くなど組織運営においても高い注目を集めています。
ユーザベースの組織の指針となるバリューが「7つのルール」。そのバリューの浸透、共有、徹底について、コーポレート統括執行役員の松井さん(以下敬称略)とカルチャーチームHRマネジャーの宇尾野さん(以下敬称略)にお話を聞きました。
*7つのルール:①自由主義で行こう、②創造性がなければ意味がない、③ユーザーの理想から始める、④スピードで驚かす、⑤迷ったら挑戦する道を選ぶ、⑥渦中の友を助ける、⑦異能は才能
松井しのぶ / 株式会社ユーザベース Corporate統括 執行役員
公認会計士。国内大手監査法人で2年ほど会計監査業務に従事後、PwC税理士法人で8年ほど国際税務のコンサルティングマネージャーに従事。その後、家庭の都合でトルコで4年半を過ごし、帰国後ユーザベースに入社。2018年、Corporate統括 執行役員に就任。
宇尾野 彰大 / 株式会社ユーザベース カルチャーチーム HRマネジャー
2009年にリクルート(現リクルートホールディングス)に入社。 営業、新卒採用、人事企画を担当。グループ会社へ転籍し、新規事業開発、経営企画、事業企画を担当。2016年にソーシャルゲーム開発のベンチャー企業に移り、40人組織の開発マネジメント・開発PMOを担当。2018年ユーザベースに入社し、現在に至る。
バリューを徹底するために、施策よりも大事なことがある。
–バリュー「7つのルール」を共有・浸透するためにどのようなことに取り組まれていますか?
松井:まず大事なことは、このバリューに共感をし実践していただける方に仲間として入っていただくこと、その上でこのバリューに沿った日々の行動をし続けること。これがバリューの共有・浸透のための柱だと考えています。
この後でご紹介しますが、いくつかの社内的な施策はあくまでも手段のひとつにすぎません。
–まずは採用における見極めですね。
宇尾野:そうですね。採用の約束事としても、バリュー、ミッション、スキルの順で優先的に見極めをするように徹底しています。採用現場でも、バリューについて共有・確認するプロセスを必ず踏んでいます。
例えば、「7つのルール」をブレイクダウンして、イラストを交えて説明した「31の約束」という冊子があります。これを面接時にご紹介して、少しでもいいのでバリューの追体験を感じてもらえるように取り組んでいます。「これを読んでワクワクするか?」、「これを感じて不安になる部分はあるか」など、バリューについての認識をあわせるプロセスをつくっています。
*31の約束 / 「7つのルール」のバリューに対して「Do=こうあるべき」と「Don’t=べきではない」のケースを紹介。「自由主義でいこう」のバリューに対して「Do=原因をまず自分に求める」、「Don’t=周りのせいにする」や「Do=自分から情報を取りに行く」、「Don’t=聞いてません、知らされてません」など7つのバリューに沿った31個のDo、Don’tを紹介。
松井:私も面接時に、自分のチームの考えを示すためにこの31の約束を使っています。具体的には「自由主義でいこう」のケースである「ルール」の考え方のページをよく使っています。
一般論としてコーポレート管理の部門はルールをつくり・管理するということが多く、得てして「相手がまもってくれない」ことに苛立ちを覚えがちですが、それはうちの会社らしくありません。
ルールを守れてないことを一方的に責めるのではなく「そのルールは現状にあっているのか」、「あっていないのであれば声をあげる」もしくは「そういう声があがる仕組みをつくる」ことが大事だと考えてます。
この考え方を面談時でもお伝えしておくことで、採用シーンからバリューの共有に努めてます。
*31の約束 / 「Do=ルールを守るか、自ら変える」、「Don’t=ルールを軽視する」
–採用プロセスにおける工夫は?
宇尾野:とにかくカルチャーフィットを最重要視した面接プロセスになるよう、面接を定型化しないことです。例えば「面談は3回」などど決めきらずに、必要に応じて柔軟に調整していきます。双方必要があれば何度もお話をさせていただき、お互いを理解するために解像度を高めていくようにしています。
松井:実際に、一次面談で代表・執行役員が担当するケースもあります。執行役員自体のリソースは割かれることになりますが、一次面談でカルチャーフィットを重視した対話をさせていただくことで、双方にとって効率のよいステップを踏むことができます。
例えば、ぜひご入社いただきたいという方との出会いであれば、我々からもカルチャーにおける魅力というのをより深く、高い熱量でお伝えすることもできます。そういった意味でも型にはめず、最適な形を常に模索しています。
大事なのはリーダーの意思決定と行動
–バリュー浸透においてもう一つの柱である「日々の行動」とは?
松井:言葉通りですが、仕事をしている中で生まれる発言や行動です。何か相談をされた時、日々起きる意思決定の根拠や考え方、そういったことがこの7つのルールの価値観に基づいてされていることが非常に重要だと思います。
特にリーダーの意思決定・行動は重要で、いまアメリカにいる梅田も「スピード」(7つのルールにある「スピードで驚かす」)を最も重きをおいて、日々会話をしています。
チームのステージ、メンバーによって、何を大事にすべきかって変わると思いますが、チームのビジョンに沿って、いま徹底すべきバリューをさだめ、日々の仕事を通じてそれを浸透させていくという、当たり前と言えば当たり前なことをやりきることが大事だと思います。
–その「採用」と「日々の行動」の2つの柱がある前提で、他にはどのような取り組みを?
宇尾野:日々考える機会を提供したり、節目節目でバリューを意識できるような施策も行っています。その一つに年に1回「YEAR BOOK」を発行しています。これは、その年1年の出来事を振り返りながら、7つのルールを体現している人とエピソードを紹介しています。対象者は全メンバーで、かならず一人一人のコメントを掲載するようにしています。
例えば「●●さんは7つのルールの中でどのバリューを体現しているか?」といったお題が提出されるのですが、これによって相手のこと、自分のことをじっくり考える機会になっています。
*イヤーブック / 2012年より発行。7つのルールを体現したエピソードや社員を紹介している。前年のMVP受賞者やこのバリューを体現している人、バリュー浸透・共有に想いを持っている人がチームとなり制作。
松井:他にも月1回のタウンミーティングでの役員陣からのスピーチや、年1回のYear End Partyでの「7つのルール大賞」など、各チーム単位でもこの基準にそったMVPなど、全社的にもチーム単位でも様々な取り組みを行なっています。
*「みんなの会」(Town Hall Meeting = THM)/ 隔週で開催される全世界の拠点をつないだ全社会議。アジェンダの一つとして役員が持ち回りでメッセージを発信。
*Year End Party / 年に1回「感謝を伝える場」をテーマとして世界5拠点から全メンバーとのそのファミリーや友人を招待して行われるイベント。「MVP」「新人賞」「7つのルール大賞」の表彰も実施。
社内版NewsPicksを活用
–多頻度で多面的な接点をつくっているわけですね。
松井:そうですね。特にマネジャーや執行役員は意識的に情報発信していると思います。NewsPicks内に社内だけのメンバーが閲覧できる「UBタブ」がありますが、そこでは自社を取り上げた外部のニュースにコメントなどをすることもできますが、社内向けのみに記事を発信することもできます。
このような場をつかって「いま大事にしていること」を発信し、それに対してコメントを通じて社内でコミュニケーションをとることで、理解を深めあっていきます。
*NewsPicks内「UBタブ」 / 外部のニュースに社員が自由にコメントしたり、オリジナル記事を投稿することも可能
–バリュー浸透という意味で他に意識されていることは?
宇尾野:非日常のイベントとしては、UB Bar*やUB Dayという取り組みも行なっています。これは社内コミュニケーションをより濃くすることと、社内イベントに社外の方もお誘いすることで、潜在的にユーザベースのファンを増やしていくことを同時に狙いとしています。
自分が思っていることを相手にハッキリと伝達しやすくるために、相手のことをよく知っている方がお互いにとってストレスが生まれにくくなります。この取り組みも一例ですが、バリューが発揮しやすい環境づくりを行なっています。
*UB Day・UB Bar / 社内の有志が企画・運営をするコミュニケーションイベント施策。UB Dayは、社内のメンバーの参加を主としているため、夕方から毎月違った企画で実施。その時のテーマや季節に合わせて実施し、8月は夏祭りを実施。UB Barは、社外の方もお呼びし、社内外のメンバーの交流の場として行っている。
施策を続けることにこだわりはない
–柱を軸に据えつつも多様な取り組みを展開していますが、このような取り組みをやりつづける理由は?
松井:施策を続けることに特にこだわりはありません。施策はあくまでも手段のひとつなので、フェーズに応じた常に最適なやり方に変えればいいと思います。
またバリューについても、いまのバリューにこだわっているわけではありません。常にアップデートは検討しています。ただバリュー自体を言語化し、伝わる言葉に価値観を変換し、全員で共通認識を持たせることは重要だと考えています。
–バリューへここまでこだわるのは?
松井:バリューについて強くこだわっているのは、サービスが生まれるのも、会社の文化がつくられるのも、すべて人やチームだと思っているからです。
会社として大事にする価値観をしっかり言語化し、その価値観に共感してもらった上で「楽しい方向に向かって一緒にやっていこう」となっている仲間こそが、競争力の源泉になると考えているためです。
宇尾野:我々にとっては「人こそが最大の資産」なので、社員にとってもハッピーな状態であることが大事だと強く思っていて、社員にとってハッピーな状態になっていなければ、経済情報で世界を変えたとしても意味がないとさえ思っています。
<編集後記>
今回のタイトルや導入分では、耳慣れしている「バリューの浸透」という言葉を敢えて使いましたが、実はこの「バリューの浸透」っていう言葉が、そんなに好きではありません。
浸透という言葉が「染み込ませる」とか「押し付けられる」ように聞こえてしまうからです。バリューは自分の価値観や生き方と照らし合わせたときに「共感する存在」であるべきじゃないかと考えています。
ユーザベースさんの話を伺って、いかに入り口(=採用)において、そのバリューに対して共感できるか・してもらえるかをお互いに確認することがすごく大切だと再確認しました。
そして社員自身が大切にしている価値観とバリューが一致していれば、日々の業務において自身の価値観に沿った行動ができ、それを支持・称賛されることで、“ゆるい”意味ではない「活き活きとした居心地の良い環境」になっていくのだと思います。
それが結果的に、その会社で長く太く働く理由の一つになるのかもしれません。
<聞き手プロフィール >
野崎耕司
@Engagement編集長 / 株式会社トラックレコード代表取締役(共同経営者)。DeNAでの人事プロジェクト「フルスイング」の責任者、MERYの雑誌事業責任者やブランディング責任者などをつとめ、株式会社トラックレコードを2018年に設立。
https://twitter.com/nokonun
撮影:小堀将生